1982年10月〜1985年 確認が弱い 食い違いあり 日本
1982年10月の雑誌に「人工知能ブーム」「AIブーム」──『一昔前の人工知能ブームが、またやってきたのだ』 。1985年には冷ややかな見方も 国立国会図書館がデジタル化した本や雑誌の全文検索で、番号のつかない『人工知能ブーム』を出版日の古い順に並べると、最も古いのは1982年10月の2つの雑誌だった(2026年9月23日に調べた範囲)。『プレジデント』 (20巻10号)には、自然言語を理解し考えるコンピュータの開発競争が激しくなっている、という文に続けて『一昔前の人工知能ブームが、またやってきたのだ』 とあり、『人工知能ブームは本物か』 という文字もある。『ビジネスコミュニケーション』 (19巻10号)には、昨今の人工知能ブームの正体を明らかにする、という文がある。同じ号には、致命的な欠点を乗り越える方法を作らない限り、太平洋のこちらとあちらの『AIブーム』も再びブームとして終わるおそれがある、という文もある(『AIブーム』の形で、AIの意味で使われた最も古い例)。古い順の20件のうち15件は1985年のもので、この年の書き手たちは、ブームのきっかけとしてそれぞれ違うものを挙げていた(第五世代の計画、エキスパートシステムMYCINの成功、ファイゲンバウムの知識工学の提唱〈1977年〉、『AIツール』=AIを作るためのソフトの道具)。同じ1985年には、ブームのさなかから冷ややかに見る言葉もある。『猫もしゃくしも人工知能と騒いでいる』 (『Bit』 3月号の問いと答えの形の記事)、今のAIブームにはほとんど実体が伴っていない(『Bit』 7月号)、これまでAIブームは何度も起きては消える失望の歴史をくり返してきた(『日経コンピュータ』 の別冊『AI(人工知能):実用化の夜明け』 、1985年11月)などだ。
よく言われる話: 1991年の国の監修白書は
『1985年前後からAIブームという言葉がマスコミにもてはやされ』 と書く(
→ 日本のAIブームは逆輸入だった ── 1991年の… )。日本で『AIブーム』と言われ始めたのは1985年ごろとも読める
元の資料では: 全文検索では、言葉そのものは1982年10月の2つの雑誌にすでに見られる。しかも
『一昔前の人工知能ブームが、またやってきたのだ』 と、過去のブームの再来として書かれていた。ただし古い順の20件のうち15件が1985年のもので、1985年前後から広くもてはやされたとする白書の記述とも一致する(デジタル化された資料の量は年によって異なるため、件数の単純比較には注意が必要)。
分かっていないこと: 記事の題・筆者・ページは見ていない(紙面画像は館内限定などのため開いていない)。抜き出しはOCR(光学文字認識)によるもので、前後が途切れている。デジタル化されていない資料や誤認識された資料は検索できないため、1982年10月より古い用例があるかは分からない。1982年10月の『プレジデント』 の『一昔前の人工知能ブーム』 がいつを指すかも、抜き出しからは不明である(1か月後の同誌は『二〇年ばかり前』 の『第一次人工知能ブーム』 と書く=→ 1982年の雑誌にもう第一次人工知能ブーム──見つ… )。
元の資料11件と確かめた所 食い違い: ブームのきっかけ:『事務と経営』1985年4月号は第五世代計画(『端を発したと思われる』)、『学術講演会前刷集』(自動車技術会、1985年10月)はMYCINの成功(『きっかけの一つ』)、『オートメーション』1985年5月号はファイゲンバウムによる知識工学の提唱(1977年)(抜き出しは『と,それ』で切れており、他の契機も並べている可能性がある)、『AI(人工知能):実用化の夜明け』 (1985年11月)は『AIツール』を『1つのきっかけ』とする。1991年の国の監修白書は、第五世代への海外の反響が日本に『逆輸入』 された形とする(別記録)。ブームの勢い:『事務と経営』1985年4月号は『やっと落ち着いた動きを示しはじめた』とし、『映像情報』1985年7月号は『このところちょっとした人工知能ブーム』と書く。
プレジデント20(10) (1982・国立国会図書館デジタルコレクションのコマ番号の目安ind…・元の資料・開けなかった) ビジネスコミュニケーション19(10)(224)(国立国会図書館の書誌の今の題は『Business communication : デジタルイノベーション情報誌』) (1982・コマ番号の目安index=66(人工知能ブーム)・68(…・元の資料・開けなかった) 事務と経営37(459) (1985・コマ番号の目安index=17・元の資料・開けなかった) 学術講演会前刷集852(自動車技術会。書誌の開催日・会場:昭和60年10月16〜17日、電気ビル本館〈福岡〉) (1985・コマ番号の目安index=169・元の資料・開けなかった) オートメーション30(5)(374) (1985・コマ番号の目安index=67・69・元の資料・開けなかった) AI(人工知能):実用化の夜明け(『日経コンピュータ』別冊、日経マグロウヒル社) (1985・コマ番号の目安index=3・146・元の資料・開けなかった) Bit:コンピュータサイエンス誌17(3)(216)(共立出版) (1985・コマ番号の目安index=67・元の資料・開けなかった) Bit:コンピュータサイエンス誌17(7)(220)(共立出版) (1985・コマ番号の目安index=74・元の資料・開けなかった) AI白書1991 ── 人工知能の技術と利用(通商産業省機械情報産業局電子政策課 監修) (通商産業省機械情報産業局電子政策課 監修、ICOT-JIPDEC AIセンター 編、財団法人日本情報処理開発協会 発行・1991・p.11第2部 第1章1.1・元の資料) 国立国会図書館サーチの書誌(SRU、dcndl):Business communication : デジタルイノベーション情報誌(ビジネスコミュニケーション社) (国立国会図書館・2026・書誌の注記・まとめ) 国立国会図書館サーチの書誌(OpenSearch、ISBN 4-8222-0755-2):AI(人工知能):実用化の夜明け (国立国会図書館・2026・書誌(dc:publisher・dcterms:issue…・まとめ) 1982年11月 確認が弱い 日本
1982年の雑誌にもう「第一次人工知能ブーム」 ──見つかった中で最も古い番号つきの表現 雑誌『プレジデント』 (1982年11月号)の記事に、20年ばかり前に巻き起こった「第一次人工知能ブーム」 の結果に幻滅した企業が、この分野への関心を失ったままだった、という内容の文がある。1982年の時点で、その20年ばかり前(このサイトの計算で1960年代初めごろ)のブームを『第一次』 と呼んでいた。国立国会図書館のデジタル化された本や雑誌の全文検索で、番号つきのAIブームという表現が見つかった最も古い例である(見つかった範囲)。
よく言われる話: 「第1次・第2次…という番号は、あとから(2010年代に)付けられた」と思われがち元の資料では: 1982年の雑誌にすでに『第一次人工知能ブーム』 とあり、第2次ブームのさなかから番号で呼ばれていた
分かっていないこと: 記事の題・筆者・ページは見ていない(館内限定)。OCR(機械で読み取った文字)のため、紙面で確かめる必要がある。
元の資料1件と確かめた所 プレジデント20(11) (1982・国立国会図書館デジタルコレクションのコマ番号の目安ind…・元の資料・開けなかった) 1985年4月4日 元で確認 食い違いあり 日本
1985年の国会で、AIは「現在第二回目のブーム」 と言われていると説明される 東京大学の石井威望さんが国会(衆議院の委員会)に呼ばれ、「このAIというのは現在第二回目のブームになっていると言われておりまして」 と説明した。1回目は1960年代中ごろから後半のアメリカ中心の試みで、2回目は日本の第五世代コンピュータ計画だと話した。ブームを何回目と数える見方は、2回目のブームのさなかにすでにあった。
分かっていないこと: 「第二回目のブーム」 という言い方を、1985年より前に誰が始めたかは分かっていない(国会会議録の範囲で見つかった一番古いものがこれ)
元の資料2件と確かめた所 食い違い: 1回目のブームの時期を、石井さんは「1960年代中ごろから後半」と話している。2010年代の日本の資料の多くは「1950年代後半〜1960年代」としている(総務省 平成28年版 白書など。別の行を参照)
第102回国会 衆議院 科学技術委員会 第5号(昭和60年4月4日)石井参考人の発言 (国立国会図書館 国会会議録検索システム・1985・発言番号4(石井威望 参考人)・元の資料) 第102回国会 衆議院 商工委員会 第8号(昭和60年3月29日)石井参考人の発言 (国立国会図書館 国会会議録検索システム・1985・発言番号26(石井参考人)・元の資料) 1985年7月 確認が弱い 食い違いあり 日本
1985年、当時のブームを『第一次人工知能ブーム到来』 と呼ぶ特集もあった(数え方は決まっていなかった) 雑誌『鉄道通信』 (1985年7月号)の特集案内に、「6月号 通信事業, 百年の独占に終止符」 「7月号 第一次人工知能ブーム到来」 とある。一方、同時期の国会では『現在第二回目のブーム』 (1985年4月)、本では『第二次人工知能ブーム』 (1985年3月)と呼ばれていた。1980年代のブームを『第一次』 と数える人と『第二次』 と数える人の両方がいた。
よく言われる話: 「第2次AIブームは当時から第2次と呼ばれていた」と思われがち元の資料では: 1985年には、同じブームを『第一次人工知能ブーム到来』 と呼ぶ特集もあった。数え方は、初めから決まっていたわけではない。
分かっていないこと: 『第一次人工知能ブーム到来』 の特集がどの雑誌の何月号かは、抜粋文だけでは分からない(6月号・7月号とあり、通信機器の分類記事の紹介の中)。
元の資料1件と確かめた所 食い違い: 1980年代のブームを、この特集は『第一次』 、神沼二真『バイオコンピュータ』 (1985)は『第二次人工知能ブーム』 、国会の石井威望さん(1985)は『第二回目のブーム』 と呼んでいる。
鉄道通信 = Railway telecommunications & electronics 36(7) (1985・国立国会図書館デジタルコレクションのコマ番号の目安ind…・元の資料・開けなかった) 1986年7月24日 元で確認 食い違いあり 日本
1986年、人工知能学会が設立 ── 設立総会に700人あまり。趣意書は、米国でAAAIが1980年にでき大きく育つ中「わが国には未だこれに対応する学会は存在しません」 と書いた 1986年7月24日、学習院大学の記念会館で人工知能学会の設立総会が開かれ、700人あまりが集まった。学会(研究者が研究を発表し合い、話し合う集まり)の初代会長には、名古屋大学の福村晃夫さんが全員一致で選ばれた。3月の設立趣意書は、専門家の知識をコンピュータに移すエキスパートシステムの成功で産業界の関心が高いことや、アメリカには1980年設立のAAAI(アメリカの人工知能の学会)があるのに日本にはまだないことを設立理由に挙げた。準備を進めた大須賀節雄さんによると、きっかけは1987年3月に終わる文部省の大学向け研究費の計画で、研究の勢いを切らさないために1986年1月から急ぎ準備したという。総会の日の会員は正会員約600人・学生約50人・賛助会員約30社で、コンピュータや電気・通信の会社22社が寄付をした。
元の資料7件と確かめた所 食い違い: 参加者の数:創刊号の概報は『約700人』、第2号の報告は『計700有余名』と記す(ほぼ同じ)。文部省の研究費計画の呼び方:福村・北橋は『特定研究』、大須賀は『特別研究』としている。
人工知能学会設立趣意書(人工知能学会誌1巻1号p.8) (人工知能学会設立発起人会・1986・p.8設立趣意書(全文1ページ)・元の資料) 設立総会報告(概報)(人工知能学会誌1巻1号p.154) (人工知能学会・1986・p.154設立総会報告(概報)・元の資料) 人工知能学会設立までの経過(人工知能学会誌1巻2号pp.161-163) (大須賀節雄(東京大学工学部境界領域研究施設教授)・1986・p.161-162本文のはじめ・元の資料) 「人工知能学会」設立総会報告(人工知能学会誌1巻2号pp.164-165) (北橋忠宏(大阪大学産業科学研究所教授)・1986・p.164-165本文と表1寄付企業・元の資料) 人工知能学会の創立にあたって(人工知能学会誌1巻1号p.1) (福村晃夫(名古屋大学工学部情報工学科教授)・1986・p.1全文・元の資料) 人工知能学会誌 第1巻第1号 表紙 (人工知能学会・1986・PDF 1枚目 表紙・元の資料) 人工知能学会昭和61年度理事会名簿(人工知能学会誌1巻1号p.155) (人工知能学会・1986・p.155理事会名簿・元の資料) 1985年〜1991年 元で確認 日本
日本のAIブームは「逆輸入」 だった ── 1991年の国の監修の白書は、第五世代への海外の反響が日本にはね返ってブームになった、と書いた 通商産業省の課が監修した『AI白書1991』 は、日本の第五世代を出発点に、アメリカやヨーロッパなど世界中でAIブームが起きたと書いた。日本では1985年前後から『AIブーム』という言葉がマスコミにもてはやされ、AIの雑誌やレポートの創刊が続いたという。日本のブームは、第五世代とその海外での反響が『逆輸入』 された形で起きたとする。会社のトップが『AIに取り組めば何でもできる』 という神話のような考えで、上から開発を命じた感じがあるという。初めは高価なAI専用の機械(シンボリクス社やリスプマシン社の機械など)や道具に、惜しげもなくお金がつぎこまれたとも書く。
よく言われる話: 「日本の第2次AIブームは、日本発の第五世代で日本が盛り上がった」と思われがち元の資料では: 1991年の国の監修の白書は、日本のブームは第五世代と、その『海外への反響が逆輸入された形で発生した』 と書いている(海外での大きな話題が、日本の経営トップを動かした)
分かっていないこと: 『AIブーム』という言葉がマスコミで最初にいつ使われたか、どの雑誌が何年に創刊されたか(例:『日経AI』 )は、この白書では確かめていない。
元の資料2件と確かめた所 AI白書1991 ── 人工知能の技術と利用 (通商産業省機械情報産業局電子政策課 監修、ICOT-JIPDEC AIセンター 編、財団法人日本情報処理開発協会 発行・1991・p.11第2部AIの現状と展望 第1章、1.1(と1…・元の資料) 国立国会図書館サーチ(NDL Search)の書誌:日経AI : Nikkei artificial intelligence(雑誌) (国立国会図書館・2026・雑誌『日経AI : Nikkei artificial i…・まとめ)