CHAPTER 02/ 〜1955

考える機械の夢と、計算の機械

という名前が生まれる前の歴史(〜1955年)

人によく似た機械を見分けられるか。考えることは計算なのか。300年以上前からの問いが、歯車やカード、スイッチの機械を経て、1950年の問い(訳)にたどり着くまで。

011637・見分け方

人に似た機械をどう見分けるか

人そっくりに動く機械があったら、人と見分けられるだろうか。

1637年、デカルトは第5部で、人の体に似せて動作をまねる機械があっても、本物の人間ではないと見分ける(訳)があると書いた。

1つ目は言葉だ。ある所を触ると(訳)と尋ね、別の所を触ると(訳)と叫ぶ機械なら作れると、デカルトも認めた。だが、言葉をいろいろに組み合わせて(訳)ことはできない。2つ目は対応できる場面の広さだ。機械は動作ごとに、それ専用の部品の組み方が必要なので、どんな場面でも使える理性という(訳)には及ばないとした。

右の図は、決まった刺激に決まった言葉を返す表の機械だ。表にない質問には答えられない。表を大きくしても、単語を並べてできる文の数は、それよりずっと速く増える。

並べ方の数 =VL
V
使える単語の数
L
文の長さ(単語の数)

図が示すこと:決まった刺激に決まった言葉を返す『表の機械』は、表にない質問に答えられない。表を大きくしても、単語を並べてできる文の数はそれよりずっと速く増えるので追いつけない。

文の長さと、表でおおえる割合(縦軸は10倍ずつの目盛り)
021651・考える=計算

考えることは、足し算と引き算か

筋道を立てて考えることを、計算として書けるだろうか。

1651年、ホッブズはの第5章で、(訳)と書いた。足すのは数ではなく、みんなで決めた名前(言葉)だ。論理学者は名前を足して文を、文を足して三段論法を作る、とも書いた。算数で計算を間違えるように、注意深い人も推論を間違えるとした。

右の図は、名前を丸(集合)で表す。すべての人は動物だ、という文は、人の丸のうち動物の丸の外の部分を空にすることにあたる。前提の2つの文で区画を消していくと、残った区画から結論が読める。消す・残すを全部の場合で調べれば、推論が正しいかを機械的に確かめられる。

序文では、ぜんまいと歯車で動く自動人形にも(訳)があると言えないか、と問いかけ、人の技術は(訳)まで作ると続けた。

前の文1+ 前の文2 → 結論(前の文が正しい世界の全部で成り立てば、必ず正しい)
世界
3つの丸が作る8つの区画のどこに要素があるかの組み合わせ(2⁸=256通り)
知ってるつもりよく言われる話:ホッブズはAIの祖先で、考える機械を作れると言った
元の資料では:序文の(訳)は国家(リヴァイアサン)のたとえ。だが第5章は、考えることそのものを言葉の計算と定義しており、のちのAIにつながる考えがはっきり書かれている。

図が示すこと:『すべての人は動物』のような文は、丸の区画を消すことにあたる。前提の文で区画を消していけば、結論が正しいかを機械的に確かめられる。

031662〜1796・日本・からくり

茶碗をのせると進む人形

歯車とぜんまいだけで、人形はどこまで決まった動きができるのか。

江戸時代の日本では、からくりが見世物として人気だった。1662年ごろ、初代の竹田近江は大坂の道頓堀で、からくり専門の芝居小屋「竹田の芝居」を始め、約100年続いた(始まりを1664年とする本もある)。

1796年、土佐の細川半蔵頼直はで、和時計や茶運び人形など9種類のからくりの内部の仕掛けを図で説明した。茶運び人形は、手に持つ台に茶碗をのせると前へ進み、取ると止まり、またのせると向きを変えて戻る。動力はぜんまい(鯨のひげ)だ。図には、一の輪・二の輪と書いた歯車が描かれている。

右の図で茶碗をのせたり取ったりしよう。向き・動いているか・茶碗の有無で次の動きが1つに決まり、同じ場面では必ず同じ動きをする。

次の動き = 表(いまの状態, 茶碗がある・ない)
状態
向き(行き・帰り)と、進む・止まるの組み合わせ

図は動きの順番を表にしたもので、本の図の歯車を写したものではない。茶運び人形そのものは本より前からあり、井原西鶴の句にも出てくる。

図が示すこと:からくり人形は、向き・動いているか・茶碗の有無で次の動きが1つに決まり、同じ場面では必ず同じ動きをする。

041768〜1774・自動人形

手順を入れ替えられる、字を書く人形

書く文を入れ替えられる人形は、どうやって作るのか。

1768〜1774年、時計職人のピエール・ジャケ=ドローと、息子のアンリ=ルイ、そしてジャン=フレデリック・レショは、3体の自動人形「音楽家」「絵をかく人」を作った。羽ペンで字を書き、絵を描き、オルガンを弾く人形で、今もスイスのヌーシャテル美術・歴史博物館にある。

は40字までの短い文を書く。どの文を書くかは、ペンを動かすカム(凹凸のある円板。回すと凹凸に合わせて棒が動く)を選ぶつまみの並びで決まる、と紹介されている。形の決まった部品を、どの順で使うかで結果が変わる。後のプログラムと同じ考え方だ。

右の図で、つまみを押して並びを入れ替え、「書く」を押してみよう。字の形はそのままで、並べ方だけで文が変わる。

ペンの位置(x, y)=(カムxの半径, カムyの半径)
カム
回すと、半径に合わせて棒を押す円板
つまみの並び
どのカムをどの順で使うかの指定

図が示すこと:字の形の部品はそのままで、どの部品をどの順で使うかを入れ替えるだけで、書く文が変わる。のちのプログラムと同じ考え方。

051770〜1836・見世物

チェスを指す人形の箱の中

18世紀に、チェスを指す機械は本当にあったのだろうか。

1770年ごろ、ケンペレンはウィーンの宮廷で、女帝マリア・テレジアのために、トルコ風の服の人形が箱の上でチェスを指す機械を作って見せた。人形はヨーロッパやアメリカを巡ったが、実は箱の中にチェスの名手が隠れていた。1784年には中に人がいると書いた本が出た。1821年の本は、戸を順番に開けて中を見せる間に、中の人が体をずらして隠れる方法を図で説明した。

右の図で戸を開けてみよう。中の人は、閉まっている側へ移る。両方を同時に開けたらどうなるだろう。

1836年、ポーは、純粋な機械なら必ず勝つはずなのに負けることがあるから、中で人が動かしている、と論じた。結論は当たっていた。しかし1950年、シャノンはこの理屈を(訳)と書いた。決まった手順だけで動く機械でも、手順がまずければ負けるからだ(Pythonのプログラムで確かめられる)。

機械は1854年にフィラデルフィアの火事で焼失した。製作年を1769年とする資料もある。

知ってるつもりよく言われる話:18世紀にチェスを指す考える機械があった
元の資料では:実際は中に人が隠れていた。友人ヴィンディッシュの本(1784)によると、ケンペレンは最初から、人の目をもっとうまくだませる機械を作れると女帝にほのめかして作り始め、この機械を(訳)と呼んでいた。

図が示すこと:チェスを指す人形の箱には人が隠れていて、戸を順番に開けると、中の人は閉まっている側へ移って見つからない。両方を同時に開ければ見つかる。

061822・差分機関

かけ算なしで、数の表を作る

同じ計算をくり返す苦労を、機械に任せられないか。

1822年、イギリスのチャールズ・バベッジは、王立協会会長のデービーにあてた公開の手紙で、対数や天文学の計算に使う数表を自動で計算し、印刷まで行う機械の構想を説明した。手紙の初めで、同じ計算をくり返すたいへんな苦労から、人の知性の最も低い働きの1つの代わりになる機械を思いついた、と書いている。これがのちに差分機関と呼ばれる。

鍵は差(隣り合う数の差)だ。2乗の数1, 4, 9, 16 … の差は3, 5, 7 …、差の差は常に2になる。だから、差の差を差に足し、差を数に足す、をくり返せば、かけ算を使わずに数表を作り続けられる。右の図の歯車の列を1回まわすと、表が1行進む。3乗の式なら、歯車の列が1つ増える。

数(x+1)= 数(x)+ 差(x)、 差(x+1)= 差(x)+ 差の差
差(x)
数(x+1) − 数(x)
n次の式
n回目の差が、常に同じ値になる

手紙の題名には差分機関という言葉は出てこない。のちに使われるようになった呼び名。

図が示すこと:2乗の数の差の差はいつも2。だから差を足すだけをくり返せば、かけ算を使わずに数表を作り続けられる。

071843・解析機関

くり返す手順でベルヌーイ数を計算する

計算の手順を、機械に書いて渡すことはできるか。

バベッジが次に構想したのは、穴のあいたカードで手順を与え、あらゆる計算ができるだった(作られなかった)。1843年、エイダ・ラブレスはこの機械を解説した論文を英語に訳し、元の約3倍もの注釈を添えた。署名はA.A.L. だけだった。

注釈Eでは、何度もくり返す操作のまとまりをcycleと呼び、くり返しの中にくり返しを入れる入れ子構造も説明した。注釈Gでは、ベルヌーイ数という数列を機関が1つずつ順に計算する手順を、式と表で詳しく示した。n=1でB₁、n=2でB₃、n=3でB₅ と、nを変えながら同じ式をくり返し、前の答えを次の計算に使う。現代でいうループ構造を持つアルゴリズム(問題を解く手順を明確に書いたもの)だ。右の図で「1回くり返す」を押してみよう。

0= −½·(2n−1)/(2n+1)+B1·(2n/2)+B3·(2n(2n−1)(2n−2)/(2·3·4))+ … +B2n−1
n
くり返しの回数
B1, B3 …
ベルヌーイ数(番号の付け方は注釈のまま)
知ってるつもりよく言われる話:ラブレスは機械に創造性はないと言い切った
元の資料では:注釈Gで、機械は何かを自分から生み出すふりはしない、と書いたすぐ前に、新しいものはまず過大評価され、その反動で過小評価されがちなので気をつけよう、と書いている。ブームと冬のパターンを、1843年にもう言い表していた。

図が示すこと:ラブレスの注釈Gは、nを変えながら同じ式をくり返し、前の答えを次の計算に使う手順だった。今でいうループのあるアルゴリズム。

081854・論理の代数

0と1だけの代数

かつ・または・でない、を式の計算で表せるか。

1854年、ジョージ・ブールはを出した。目的は、人が推論するときの心の働きの法則を代数のような記号の計算で表し、論理学と確率の理論を組み立てることだった。

ブールは、論理の記号がx×x=x(x² =x)に従うことに注目した。数でこれを満たすのは0と1だけ。そこで、記号が0と1だけをとる代数を考えた(37ページ)。xでないものの集まりを1 − xと書き、x(1 − x)=0が、同時にxでありxでないものは存在しない、という昔からの決まり(矛盾律)を表すと示した(48〜49ページ)。

右の図でxを動かしてみよう。x² =xになるのは0と1だけだ。0と1のスイッチで、かつ・または・でない、の表を作ると、高校の情報Ⅰで学ぶ論理回路の表と同じになる。

x·y(かつ)、1 − x(でない)、x+y − x·y(または)
x, y
0か1の値
x+y − x·y
「または」を今の書き方で表した式
知ってるつもりよく言われる話:ブールはコンピュータのために0と1の論理を作った
元の資料では:本の目的は、人が推論するときの心の働きの法則を記号で書くこと。本の中を文字で探した範囲では、machineの語は出てこない。電気のスイッチ回路に応用したのは、約80年後の技術者たち(この章の10)。

図が示すこと:x² =xになる数は0と1だけ。0と1だけで計算すると、かつ・または・でない の表ができ、論理回路の表と同じになる。

091920〜1942・ロボット

の誕生と学天則のドラム

ロボットは、いつ、どんな存在として生まれたのか。

1920年、チェコの作家カレル・チャペックが戯曲を発表した。は、人工の材料から大量生産されて働く人造人間で、名前は労働を意味する言葉からの造語だ。カレル本人が書いた話では、名前に悩んでいたカレルに、画家の兄ヨゼフが(訳)と提案した。

1928年、大阪毎日新聞社の論説委員だった生物学者の西村真琴は、という意味の名前をもつ人造人間「学天則」を作り、京都の博覧会に出品した。動力は圧縮空気だ。いぼのような突起がたくさんついた軸が回転し、決まったゴム管を決まった時間だけ押さえて空気を止めたり通したりした。オルゴールのドラムのピンと同じで、突起の並び順が動作のプログラムになる(大阪市立科学館の研究報告)。

右の図で、ドラムの突起をつけ外ししてみよう。表情が変わる順番を確かめられる。

1942年、SF作家アシモフは短編でを書いた。物語では、ルールの言葉のあいまいさや、原則どうしの衝突が話の種になった。

知ってるつもりよく言われる話:学天則は日本初のロボット
元の資料では:大阪市立科学館の資料では。実物はドイツに渡って行方不明になったといわれ、今あるのは2008年の復元。

図が示すこと:学天則は、回る軸の突起の並び順で動作が決まる。オルゴールのピンと同じで、突起の並びがプログラムになる。

101936・日本・回路の式

スイッチの回路を式で計算する

電球がつくかどうかを、回路の絵を描かずに計算できるか。

1936年12月、日本電気の中島章と榛澤正男は、電話の交換機などに使うリレー(電気で動くスイッチ)の回路を、記号の式で計算して設計する理論を電気通信学会の雑誌に発表した。接点を電気の通りにくさで表し、閉じていれば0、開いていれば無限大として、2つの接点の直列をA+B、並列をA×Bと書いた。すると + や × は、ふつうの算数とまったく違う決まりに従った。これはブール代数と同じものだったが、中島は当時ブール代数を知らなかった。

右の図でスイッチを押してみよう。現代の書き方(つながる=1)では、直列はかつ(×)、並列はまたは(+)を表す。1936年の書き方(つながる=0)では、直列が +、並列が × になる。どちらで計算しても、電球がつくかどうかの結果は同じになる。

今:直列A·B、並列A+B 1936年:直列A+B、並列A × B
A, B, C
スイッチ
+ と ×
0と1で行う計算(1+1は1)
知ってるつもりよく言われる話:回路をブール代数で設計する理論は、シャノンが始めた
元の資料では:中島章と榛澤正男は、1936年12月の電気通信学会の雑誌で、リレー回路を式で計算する理論を発表していた。情報処理学会の博物館は、シャノンより2年早く、同じ内容だと紹介している。

図が示すこと:スイッチの回路は、直列と並列を + と × の式にして計算できる。1936年の書き方(つながる=0)でも今の書き方(つながる=1)でも、電球がつくかの答えは同じ。

111936・計算の模型

テープと表だけで計算する

計算できるとは、どういうことか。

1936年、アラン・チューリングは論文を発表した。人間が紙と鉛筆で計算する手順を、マス目に区切ったテープ(紙の代わり)、1マスずつ読み書きするヘッド、有限個の状態だけで動くにまで単純化し、この機械で書き出せる数をと定義した。

右の図が、その機械だ。ヘッドはテープの文字を1つ読み、ルールの表を見て文字を書き換え、左右に1マス動いて次の状態に移る。これだけで2進数に1を足せる。論文233ページの最初の例である、4つの状態で0と1を交互に書く機械も選べる。

論文はさらに、ほかの機械の説明をテープから読み込めば、どんな計算でも実行できる1台の機械(万能機械)を作れることと、論理の式が証明できるかを必ず判定する決まった手順は存在しないことを示した。

(状態, 読んだ字)→(書く字, 動く向き, 次の状態)
状態
機械の中の、有限個の印
表
動作ルールの一覧(今のプログラムにあたる)
知ってるつもりよく言われる話:チューリングは1936年にコンピュータを設計した
元の資料では:論文のmachineは、計算する人の手順を単純にした頭の中の図で、論文の中のは計算する人のことだった。という名前も論文には無く、名づけたのは翌年のチャーチの書評。

図が示すこと:テープを1マス読んで書きかえて動く、という単純な機械と規則の表だけで計算ができる。チューリングは、この機械で書き出せる数を『計算可能』と決めた。

121943・形式ニューロン

神経を、スイッチにする

脳の神経細胞を、式で書くとどうなるか。

1943年12月、マカロックとピッツは論文を発表した。神経細胞(ニューロン)の活動は(発火するか、しないか)なので、神経細胞のネットワーク(神経回路網)の働きは2値の論理で書ける、と考えた。ニューラルネットワーク研究の出発点とされる。

前提は、一定数のシナプスが同時に刺激されると発火し、抑制性のシナプスが1つでも働くと発火しない、ネットワークのつながり方は変わらない、などだ。今の言葉では、入力を足してしきい値と比べる形式ニューロンにあたる。右の図で試そう。しきい値2でAND(かつ)、1でOR(または)、抑制入力でNOT(否定)になる。XOR(どちらか一方だけ)は1つでは作れず、3つつなぐと作れる。

y=1(x₁ +x₂ + … ≧ θで、抑える入力が0のとき)、それ以外は0
x
入力(0か1)
θ
しきい値
抑える入力
1つでも1なら必ず出力は0
知ってるつもりよく言われる話:1943年のモデルはつながり方が固定で、学習の仕組みは1949年のヘッブから
元の資料では:1943年の論文も学習を扱った。新しいシナプスができる変化を考え、その変化は輪のあるネットワークで置き換えられる、と書いた(124ページ)。

図が示すこと:入力を足してしきい値と比べるだけのスイッチでも、しきい値を変えればAND・ORになり、抑える入力でNOTになる。XORは1つでは作れず、3つつなぐと作れる。

131943・時間と記憶

冷たい物が一瞬だけ熱く感じる

スイッチのネットワークは、前のことを覚えていられるか。

同じ論文の122ページに不思議な例がある。皮膚に冷たいものを一瞬当てて離すと熱く感じ、長く当てると冷たさだけを感じる。論文は、皮膚で受け取るニューロン(熱・冷)と感じるニューロン(熱い・冷たい)のつなぎ方を式で書き、この錯覚を説明した。信号は結合を1つ通るたびに1こま遅れる。遅れを重ねれば、少し前のことを覚えておける。

右の図で、冷たいものを当てる長さを変えてみよう。一瞬なら離したあとで熱いと感じる側が、長く当てると冷たいと感じる側が発火する。

124ページには、信号が輪になっていれば、活動が輪をいつまでも回り続けられる、とある。図の輪のニューロンは、一度発火すると止める信号が来るまで発火し続ける。ずっと前のことまで覚えておける、最も単純な記憶だ。

熱い(t)= 熱(t−1)または(冷(t−3)かつ 冷(t−2)でない) 冷たい(t)= 冷(t−2)かつ 冷(t−1)
t
時刻(1こま=結合1つ分の遅れ)
熱・冷
皮膚で受け取る側の発火
熱い・冷たい
感じる側の発火
知ってるつもりよく言われる話:マカロックとピッツは、神経ネットワークがあらゆる計算をできると示した
元の資料では:論文129ページでは、テープと読み取り装置をつければチューリング機械と同じ数を計算でき、テープなしではその一部しか計算できない、と書く。

図が示すこと:信号は結合を1つ通るたびに1こま遅れる。遅れを重ねると、少し前のことを覚えておける。輪になっていれば、ずっと覚えていられる。

141946・電子計算機

数学のロボットか、電子の頭脳か

最初の電子計算機は、何のために作られ、どう紹介されたのか。

1946年2月、アメリカ陸軍省は、ペンシルベニア大学で作った電子計算機ENIACを発表した。真空管は約18,000本、重さは30トン。大砲や爆弾の射表(弾の飛び方の表)を計算するための機械で、発表文によると足し算は5000分の1秒、10桁のかけ算は360分の1秒。計算の手順は、スイッチとケーブルのつなぎ替えで組んだ。

射表の計算は、ごく短い時間ごとに速さで位置を進め、重力と空気抵抗で速さを変える、のくり返し。右の図で1歩を細かくするほど正確になり、計算も増える。報道陣に実演したバークスの1974年の講演では、30秒飛ぶ弾道を、人の計算手(当時の呼び名もcomputer)は3日、ENIACは20秒で計算した。発表文は(訳)と呼びつつ、(訳)とも書いた。

x ← x+vxΔt、vx ← vx − k·v·vxΔt(縦も同じで、重力gも引く)
Δt
1歩の時間
v
速さ
k
空気抵抗の強さ(図の数値は、このサイトが決めた例)
知ってるつもりよく言われる話:ENIACは電子頭脳として発表された
元の資料では:陸軍省の発表文は(訳)とわざわざ書いた。(訳)は新聞の見出しがつけた言葉で、同じ年にイギリスのハートリーも見出しに抗議した。

図が示すこと:ENIACは大砲の弾の飛び方の表を計算する機械だった。短い時間ごとに位置と速さを進めるくり返しで、1歩を細かくするほど正確になり、計算の数がふくらむ。

151949・学習則

よく使うつながりほど強くなる

神経回路は、どうやって経験から学ぶのか。

1949年、心理学者ドナルド・ヘッブはの62ページで、1つの仮説を示した。細胞Aが細胞Bを発火させることに、くり返し、または続けて関わると、どちらかの細胞に変化が起き、Bを発火させるAの影響が強まる。よく使われるつながりほど強くなる、という考えだ。同じページで、その仕組みの直接の証拠は無い、とも書いている。

右の図は、いちばん単純な例だ。Bはえさの信号が来れば必ず発火する。A(ベルの音)からBへのつながりは、初めは弱い。AとBが一緒に発火するたびに、つながりが強くなる。しきい値を超えると、ベルだけでBが発火する。ベルとえさは、このサイトのたとえ。

この考えはと呼ばれ、脳の仕組みの研究と、人工のニューラルネットワークの学習方法の、両方の出発点の1つになった。

w ← w+η·xA·yB
w
AからBへの結合の強さ
η
結合が強まる速さ(学習率)
xA, yB
A・Bが発火したら1
知ってるつもりよく言われる話:ヘッブは、一緒に発火する細胞はつながる、と言った
元の資料では:本の言い方は(訳)。合言葉のfire together, wire togetherは、神経科学者カーラ・シャッツが講演で広めたもの。

図が示すこと:AとBが一緒に発火するたびに、AからBへのつながりが強くなる。しきい値を超えると、ベルだけでBが発火するようになる。

回ごとの結合の強さw
161949〜1954・機械翻訳

前後の語を見れば、意味が決まる

コンピュータで言葉を訳すには、何が足りないのか。

1949年、ロックフェラー財団のウォーレン・ウィーバーは、コンピュータで言葉を訳せないかという覚書を知人に配った。1語分の穴しかない覆いで本を読むと、fastという語が、速いという意味か、動かないという意味か分からない。穴を広げて前後のN語が見えれば意味が決まる、と文脈の考えを示した。

右の図で、穴の広さNを変えてみよう。例文と、意味を決める手がかりの語の表は、このサイトが作った例だ。Nが小さいと手がかりが穴の外に出て、意味を間違える。

1954年1月、IBMとジョージタウン大学は、コンピュータIBM 701でロシア語を英語に訳す公開実験を行った。単語は250、文法の規則は6つだけ。ドスタートは、5年、たぶん3年後には(訳)機械翻訳が(訳)と予測した。

意味 = 表(前後N語の中の、いちばん近い手がかりの語)
N
穴の広さ(前後に何語ずつ見るか)
知ってるつもりよく言われる話:3〜5年で機械翻訳は解決すると言った
元の資料では:元の発表文は条件付きだった。同じ場で、ロシア語の本を入れて英語の本を出すことはまだできない、とも強調している。その後の10年の成果は期待に届かず、1966年のALPAC報告につながる(5章)。

図が示すこと:fastは1語だけ見ても『速い』か『動かない』か決まらない。前後のN語が見えれば意味が決まる。Nが小さいと手がかりが穴の外に出て、意味をまちがえる。

171864〜1950・ゲーム

先を読んで、良い手を選ぶ

コンピュータがゲームを指すには、どう手を選べばよいか。

1864年、バベッジは回想録に(訳)と考えた、と書いた。

1950年3月、ベル研究所のクロード・シャノンは論文で、その方法を示した。チェスは1手に約30通り、1局を約40手とすると10の120乗通りで、全部は読めない。そこで数手先まで読み、その局面を点数f(P)で評価する。自分の番は点数が最大、相手の番は最小の手を選ぶとして、点数を今の局面まで運ぶ(今の呼び名はミニマックス法)。

右の図は論文の図2と同じ形の木。点数を変えて選ばれる手を見よう。

最善の手 =maxi minj f(MijMiP)
P
現在の局面
Mi
自分の手
Mij
相手の応手
f
局面の評価関数

図が示すこと:数手先の局面に点数を付け、相手は小さい方、自分は大きい方を選ぶとして点数を今の局面まで運ぶ(ミニマックス)。

181950・まねっこゲーム

機械は考えられるかを問い直す

機械は考えられるか、という問いに、どう答えればよいのか。

1950年10月、チューリングは論文で、(訳)という問いを(訳)とし、に置き換えた。質問者は、別の部屋にいる2人と文字だけでやりとりする。もとは男女のどちらが男性かを当てるゲームで、男性の役を機械が務めたら、質問者はどれくらい間違えるかを考えた。

論文には質問と答えの例が載っている。フォース橋についての詩を頼まれた回答者は、詩は書けないと断る。34957に70764を足すよう頼まれると、30秒ほど間をおいて105621と答える(正しくは105721。このサイトの計算)。人間が機械のふりをすれば、計算の遅さと不正確さですぐに見破られるだろう、とも書いた。右の図でXとYのどちらが機械かを当ててみよう。

前の年、脳外科医のジェファーソンは講演で、機械が自分で感じた気持ちから詩を書き、しかも書いたと分かっているところまで来なければ、(訳)とは認められない、と話した。チューリングは論文の中でこの講演を取り上げ、反論した。

知ってるつもりよく言われる話:チューリングがチューリング・テストを提案した
元の資料では:論文での呼び名はで、「Turing test」という言葉は論文に出てこない。また、機械は考えられるか、に答えた論文でもない。本人はその問いを、ゲームについての問いに置き換えた。

図が示すこと:チューリングは『機械は考えられるか』を、文字だけのやりとりで機械を見分けられるかというゲームに置き換えた。

191950〜2025・予言の答え合わせ

70%のものさし

チューリングの見通しは、どうなったのか。

1950年の論文でチューリングは、約50年後には、ふつうの質問者が5分質問した後に正しく見分けられる確率は70%以下になるだろう、と書いた。同じ段落で、これは予想であり、証明された事実と区別しておけば害はない、とも書いている。1951年のラジオでは(訳)と語り、1952年の討論では、どんな質問でも許される形式なら(訳)と答えた。

右の図は、横に年、縦に正しく見分けた割合をとったものさしだ。2000年のまとめ論文によると、賞金つきの大会で大賞を取ったプログラムはまだなく、機械はふつうすぐに見分けがついた。2025年3月、アメリカの大学の研究者は、5分の会話で人間と判定された割合を、GPT-4.5が73%、LLaMa-3.1-405Bが56%と発表した(1つの研究グループの発表)。2人から選ぶ形式なので、正しく見分けた割合は27%と44%になる。

知ってるつもりよく言われる話:審査員の30%をだませば合格
元の資料では:論文に合格の基準はなく、約50年後についての本人の予想。(訳)と逆さまに伝えられることもある、と2000年の論文が例を挙げている。

図が示すこと:チューリングの見通しは『約50年後、正しく見分けられる確率は70%以下』。2025年の実験では、正しく見分けた割合が27%と44%になった。

201903〜1956・日本の計算機

リレー、真空管、位相で数える部品

そのころ日本では、どんな計算機が作られていたのか。

1952年、電気試験所は電話交換機のリレーを使って、日本初のデジタル式自動計算機ETL Mark I を試作した。1956年3月、富士写真フイルムの岡崎文次は、ほぼ1人で真空管約1,700本の電子計算機FUJICを完成させた。レンズの計算を、手計算の約2,000倍の速さで処理した。

1954年、東京大学の大学院生・後藤英一は、日本独自の部品パラメトロンを発明した。コイルとコンデンサの回路を共振周波数のほぼ2倍で揺らすと振動が起き、その位相は0かπの2通りに落ち着く。これで0と1を表し、多数決の論理素子として使った。右の図で、初めに入れる3つの小さな入力を選び、振動を育ててみよう。多数派の位相にそろう。

x″ +ω²(1+h·sin 2ωt)x=0(揺らす速さは2ω)
x
回路の振動
ω
元の振動の速さ
h
揺らす強さ

図が示すこと:後藤英一のパラメトロンは、揺らした回路の振動の位相が0かπの2通りに落ち着くのを使い、3つの入力の多数決で0と1を決めた。

おわりに

この章で、まだ分かっていないこと

機械がとは、考えるとはどういうことか。1843年のラブレス、1949年のジェファーソン、1950年のチューリングが議論したが、今も決着はついていない。2025年の実験で機械が人間と判定されたことが、考えていることを意味するのかも、まだ分かっていない。

資料で確かめきれていないことも残る。1952年のラジオ討論の原稿、学天則のオリジナルの行方、アトムの誕生日が初めて描かれた回、バベッジの三目並べの機械の図面がどこまで作られたか、という呼び名を誰が最初に使ったかだ。

当時の人々が期待したのは、機械がチェスを指し、曲を作り、言葉を翻訳することだった(ポー1836・ラブレス1843・シャノン1950)。そして、この章の仕組みには、のちのAIの2つの流れの種がある。記号と決まりで考える流れ(ホッブズ、ブール、チューリング、シャノン)と、ニューラルネットワークで学習する流れ(マカロックとピッツ、ヘッブ)だ。次の章では、1955〜1956年にという名前が生まれる。