2026年 ノーベル生理学・医学賞

光で開く門。緑の藻のふしぎが、脳のなぞを開いた

池にいる小さな緑の藻は、目もないのに光のほうへ泳ぎます。そのひみつは、体の表面にある「光で開く門」でした。この門を神経に入れると、光を当てるだけで神経のスイッチを入れられる。脳のどの神経が、記憶や気持ちを生むのかを、生きた脳で確かめられるようになりました。門が開くしくみは、光で分子の形が変わる化学です。

受賞の理由(ノーベル財団の英語の発表を日本語にしたもの):「光で開くイオンチャネルとオプトジェネティクスに関する発見」

カール・ダイセロスKarl Deisseroth

1971年生まれ(アメリカ)

ハワード・ヒューズ医学研究所、スタンフォード大学

ペーター・ヘーゲマンPeter Hegemann

1954年生まれ(ドイツ)

ベルリン・フンボルト大学

ゲオルク・ナーゲルGeorg Nagel

1953年生まれ(ドイツ)

ヴュルツブルク大学

ひとことでヘーゲマンさんとナーゲルさんは、藻の体から光が当たると開く門(チャネルロドプシン)を見つけました。ダイセロスさんは、その門を神経に入れて、光で神経を動かす方法(オプトジェネティクス)にしました。
1 光で開く門

青い光が当たると、門が開いて、電気の合図が生まれる

体の細胞は、うすい膜でつつまれています。膜には、電気をおびた小さなつぶ(イオン)を通す「門」があります。神経の電気の合図は、この門が開いて、つぶが流れこむことで生まれます。

藻の門「チャネルロドプシン」は、青い光が当たるだけで開くふしぎな門でした。開くまで、わずか 0.2 ミリ秒(1 秒の 5000 分の 1)。

門の中を、大きくして見てみよう

ボタンをおすと、門の中のレチナールが動きます。

2 なにが なぞだった?

脳の地図は「ぼやけた写真」だった

20 世紀の研究で、脳のどの場所が何をしているかは分かってきました。でも、「この神経が、この気持ちや動きを生んでいる」と確かめる方法はありませんでした。脳には、大人で約 900 億個の神経があり、ちがう働きの神経が入りまじっているからです。

DNA の二重らせんで知られるフランシス・クリック(1962 年 ノーベル生理学・医学賞)は、「光で神経を 1 種類ずつ動かせたら」と考えました。神経の合図はとても速いので、それに追いつけるのは光だろう、と。ただ、クリック自身も「夢のような話」と言っていました。

3 ヘーゲマンさんの「なぜ?」(1990年代のはじめ)

藻は、なぜこんなに速く光に気づく?

緑の藻クラミドモナスを皿に入れて、片がわから光を当てると、うすい緑色が光のほうへ動きます。藻は「目の点」(だいだい色の小さな点)で光を感じます。そこには、光をつかまえる分子レチナールがあります。

ヘーゲマンさんが細い電極で調べると、光が当たってから0.5 ミリ秒で電気が生まれていました。人の目では、光から電気まで少なくとも 10 ミリ秒かかります。

「1 つのたんぱく質が、光をつかまえて、しかも門として開くのでは?」——ヘーゲマンさんはこう考えましたが、そんな門は誰も知らず、信じてもらえませんでした。

4 ナーゲルさんの カエルの卵(2002〜2003年)

日本で読まれた藻の遺伝子が、手がかりに

藻から門のたんぱく質を取り出すと、こわれやすくて調べられませんでした。2000 年ごろ、日本の研究者たちが藻の遺伝子を大量に読んで公開し、その中にヘーゲマンさんたちは、光をつかまえるたんぱく質にそっくりな遺伝子を 2 つ見つけました。

ナーゲルさんは、その遺伝子をカエルの卵に入れて、卵の表面にたんぱく質を作らせました。光を当てると——門が開いた!

2 つは「チャネルロドプシン 1・2」と名づけられ、2003 年、2 人は「光で細胞に電気を起こす道具に使える」と発表しました。人の腎臓の細胞に入れても、光で電気が生まれました。

5 化学の目で見る

光で、分子の「形」だけが変わる

門の中のレチナールは、炭素のつぶが長くつながった分子です。暗い所ではまっすぐな形(トランス形)。青い光(約 470 ナノメートル)を吸うと、まん中の二重結合のところで折れた形(13-シス形)に変わります。つぶの数もつながる順番も同じで、形だけがちがう——高校化学で習うシス・トランス異性体です。

折れたレチナールが、まわりのたんぱく質をおして、門が開きます。数ミリ秒でもとのまっすぐな形にもどると、門はとじます。

じつは、わたしたちの目も同じレチナールを使っています(目では、折れた形が光でまっすぐになる)。目のしくみの化学には、1967 年にノーベル生理学・医学賞が出ています。家でできる日光で色が変わるビーズも、紫外線で分子の形が変わって色がつく、同じなかまの化学です。

日光で色が変わるビーズ

ボタンをおすと、ビーズを日なたに出します。

くわしく(出どころつき)

チャネルロドプシン 2 は、暗い所でレチナールが all-trans 形。約 470 nm の青い光で 13-cis 形に変わり(光異性化)、門(イオンの通り道)が開く。ミリ秒で all-trans にもどり、門はとじる(英語版ウィキペディア「Channelrhodopsin」と、そこで引かれている研究による。暗い所で 13-cis が少しまじるという報告もある)。門を通るのは、ナトリウムなどの+のイオン(ノーベル財団の一般向け解説:「Positively charged ions then flowed through the channel」)。

6 ダイセロスさんの 光のスイッチ(2005〜2012年)

光で、神経を動かした

精神科で患者さんの苦しみにふれたダイセロスさんは、「生きた脳で神経がどう働くか」を知りたいと考えていました。チャネルロドプシン 2 の発見を知ると、ナーゲルさんに手紙を書いて遺伝子を分けてもらい、ラットの神経に入れました。

青い光を当てると、神経はすぐに電気の合図を出しました(2005 年)。2007 年には、生きたネズミの脳に細い光のファイバーを入れて、ひげを動かしました。

2012 年には、利根川進さん(1987 年 ノーベル生理学・医学賞)たちとともに、ある記憶をつくった神経だけを光で動かし、その記憶を呼びおこしました。「この記憶には、この神経が必要」と、はじめて確かめた実験です。この方法は 2006 年に「オプトジェネティクス(光遺伝学)」と名づけられました。

7 科学のリレー

好奇心から、脳の地図へ

  1. 1962フランシス・クリック1962年 ノーベル生理学・医学賞

    DNA の二重らせん。のちに「光で神経を動かす」夢を語る。

  2. 1967目の化学1967年 ノーベル生理学・医学賞

    目が光を感じる化学のしくみ(レチナール)。

  3. 1992ヘーゲマン

    藻の目の点の、とても速い電気を測る。

  4. 2000ごろ日本の研究者たち

    藻の遺伝子を大量に読んで公開。門の遺伝子の手がかりに。

  5. 2002・2003ナーゲル・ヘーゲマン

    チャネルロドプシン 1・2 を発見。光で開く門。

  6. 2005ダイセロス

    ラットの神経を、青い光で動かす。

  7. 2007ダイセロス

    生きたネズミの脳で、光でひげを動かす。

  8. 2012ダイセロス・利根川進ほか

    光で、ある記憶を呼びおこす。

  9. 2026ダイセロス・ヘーゲマン・ナーゲルノーベル生理学・医学賞

    「光で開くイオンチャネルとオプトジェネティクスに関する発見」

8 どんな人?

好奇心の人・カエルの卵の人・患者さんを見つめた人

ペーター・ヘーゲマン1954年生まれ ドイツ

  • 1984 年、マックス・プランク生化学研究所で博士。発見は同じ研究所で。
  • 「藻はなぜ光にこんなに速く気づくのか」という、ひとつの「なぜ?」を 10 年以上追いかけました。
  • いまはベルリン・フンボルト大学の教授。

ゲオルク・ナーゲル1953年生まれ ドイツ

  • 1988 年、フランクフルト大学で博士。発見はマックス・プランク生物物理学研究所で。
  • カエルの卵にたんぱく質を作らせて、働きを調べる名人。門が光で開くことを確かめました。
  • いまはヴュルツブルク大学の教授(植物の分子のしくみ)。

カール・ダイセロス1971年生まれ アメリカ

  • スタンフォード大学で、1998 年に博士、2000 年に医師の資格。
  • 精神科の患者さんと出会い、うつ病などで脳がどう働いているかを知りたいと考えました。
  • いまはスタンフォード大学の教授(生物工学・精神医学)。
くわしく(出どころつき)

生年・学位・所属・発見の場所・研究の流れは、ノーベル財団の発表と一般向け解説(2026年10月9日に読んだもの)。

9 くらしの中で

見えなくなった目に、光を

目の光を感じる細胞がこわれる病気で見えなくなった人の目に、チャネルロドプシンに似た門を入れる試みが始まっています。光を出す特別なめがねをかけると、机の上の物を見分けて、つかめるようになった人がいます。耳の神経を、電気ではなく光で動かす人工の耳の研究も進んでいます。

10 東大の入試に つながる

この門そのものが、東大の生物に出た

東京大学 2022年度 生物 第1問

「緑の藻クラミドモナスが光のほうへ動くしくみ」「チャネルロドプシンを入れた神経に青い光を当てると、何が起こるか(イオンの流れも含めて)」「光で記憶の神経を動かす実験」——今回の受賞の中身が、そのまま出ています。

問題と解き方を見る →

東京大学 2015年度 化学 第3問

「二重結合はふつう回らないが、光を当てると回ることがある。トランス形の分子に紫外線を当てると、シス形に変わる」——レチナールと同じ、光で分子の形が変わる化学です。

問題と解き方を見る →

東京大学の入学試験問題からの引用です。「」の中は問題の設定を短くまとめたもので、原文ではありません。このページの説明・図・シミュレーションは、東京大学やノーベル財団が公表したものではありません。

出どころ
  1. ノーベル財団「Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2026」https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2026/press-release/
  2. ノーベル財団「Popular information: A light-sensitive algal protein energised neuroscience」https://www.nobelprize.org/prizes/medicine/2026/popular-information/
  3. 英語版ウィキペディア「Channelrhodopsin」(レチナールの形の変わり方・光の色)https://en.wikipedia.org/wiki/Channelrhodopsin
  4. Nagel ほか, Science 296, 2395 (2002)/Nagel ほか, PNAS 100, 13940 (2003)/Boyden ほか, Nat. Neurosci. 8, 1263 (2005)

文と図はアトリエファクトリーが作りました。ノーベル財団の絵・写真は使っていません。