池にいる小さな緑の藻は、目もないのに光のほうへ泳ぎます。そのひみつは、体の表面にある「光で開く門」でした。この門を神経に入れると、光を当てるだけで神経のスイッチを入れられる。脳のどの神経が、記憶や気持ちを生むのかを、生きた脳で確かめられるようになりました。門が開くしくみは、光で分子の形が変わる化学です。
受賞の理由(ノーベル財団の英語の発表を日本語にしたもの):「光で開くイオンチャネルとオプトジェネティクスに関する発見」
1971年生まれ(アメリカ)
ハワード・ヒューズ医学研究所、スタンフォード大学
1954年生まれ(ドイツ)
ベルリン・フンボルト大学
1953年生まれ(ドイツ)
ヴュルツブルク大学
体の細胞は、うすい膜でつつまれています。膜には、電気をおびた小さなつぶ(イオン)を通す「門」があります。神経の電気の合図は、この門が開いて、つぶが流れこむことで生まれます。
藻の門「チャネルロドプシン」は、青い光が当たるだけで開くふしぎな門でした。開くまで、わずか 0.2 ミリ秒(1 秒の 5000 分の 1)。
ボタンをおすと、門の中のレチナールが動きます。
20 世紀の研究で、脳のどの場所が何をしているかは分かってきました。でも、「この神経が、この気持ちや動きを生んでいる」と確かめる方法はありませんでした。脳には、大人で約 900 億個の神経があり、ちがう働きの神経が入りまじっているからです。
DNA の二重らせんで知られるフランシス・クリック(1962 年 ノーベル生理学・医学賞)は、「光で神経を 1 種類ずつ動かせたら」と考えました。神経の合図はとても速いので、それに追いつけるのは光だろう、と。ただ、クリック自身も「夢のような話」と言っていました。
緑の藻クラミドモナスを皿に入れて、片がわから光を当てると、うすい緑色が光のほうへ動きます。藻は「目の点」(だいだい色の小さな点)で光を感じます。そこには、光をつかまえる分子レチナールがあります。
ヘーゲマンさんが細い電極で調べると、光が当たってから0.5 ミリ秒で電気が生まれていました。人の目では、光から電気まで少なくとも 10 ミリ秒かかります。
「1 つのたんぱく質が、光をつかまえて、しかも門として開くのでは?」——ヘーゲマンさんはこう考えましたが、そんな門は誰も知らず、信じてもらえませんでした。
藻から門のたんぱく質を取り出すと、こわれやすくて調べられませんでした。2000 年ごろ、日本の研究者たちが藻の遺伝子を大量に読んで公開し、その中にヘーゲマンさんたちは、光をつかまえるたんぱく質にそっくりな遺伝子を 2 つ見つけました。
ナーゲルさんは、その遺伝子をカエルの卵に入れて、卵の表面にたんぱく質を作らせました。光を当てると——門が開いた!
2 つは「チャネルロドプシン 1・2」と名づけられ、2003 年、2 人は「光で細胞に電気を起こす道具に使える」と発表しました。人の腎臓の細胞に入れても、光で電気が生まれました。
門の中のレチナールは、炭素のつぶが長くつながった分子です。暗い所ではまっすぐな形(トランス形)。青い光(約 470 ナノメートル)を吸うと、まん中の二重結合のところで折れた形(13-シス形)に変わります。つぶの数もつながる順番も同じで、形だけがちがう——高校化学で習うシス・トランス異性体です。
折れたレチナールが、まわりのたんぱく質をおして、門が開きます。数ミリ秒でもとのまっすぐな形にもどると、門はとじます。
じつは、わたしたちの目も同じレチナールを使っています(目では、折れた形が光でまっすぐになる)。目のしくみの化学には、1967 年にノーベル生理学・医学賞が出ています。家でできる日光で色が変わるビーズも、紫外線で分子の形が変わって色がつく、同じなかまの化学です。
ボタンをおすと、ビーズを日なたに出します。
チャネルロドプシン 2 は、暗い所でレチナールが all-trans 形。約 470 nm の青い光で 13-cis 形に変わり(光異性化)、門(イオンの通り道)が開く。ミリ秒で all-trans にもどり、門はとじる(英語版ウィキペディア「Channelrhodopsin」と、そこで引かれている研究による。暗い所で 13-cis が少しまじるという報告もある)。門を通るのは、ナトリウムなどの+のイオン(ノーベル財団の一般向け解説:「Positively charged ions then flowed through the channel」)。
精神科で患者さんの苦しみにふれたダイセロスさんは、「生きた脳で神経がどう働くか」を知りたいと考えていました。チャネルロドプシン 2 の発見を知ると、ナーゲルさんに手紙を書いて遺伝子を分けてもらい、ラットの神経に入れました。
青い光を当てると、神経はすぐに電気の合図を出しました(2005 年)。2007 年には、生きたネズミの脳に細い光のファイバーを入れて、ひげを動かしました。
2012 年には、利根川進さん(1987 年 ノーベル生理学・医学賞)たちとともに、ある記憶をつくった神経だけを光で動かし、その記憶を呼びおこしました。「この記憶には、この神経が必要」と、はじめて確かめた実験です。この方法は 2006 年に「オプトジェネティクス(光遺伝学)」と名づけられました。
DNA の二重らせん。のちに「光で神経を動かす」夢を語る。
目が光を感じる化学のしくみ(レチナール)。
藻の目の点の、とても速い電気を測る。
藻の遺伝子を大量に読んで公開。門の遺伝子の手がかりに。
チャネルロドプシン 1・2 を発見。光で開く門。
ラットの神経を、青い光で動かす。
生きたネズミの脳で、光でひげを動かす。
光で、ある記憶を呼びおこす。
「光で開くイオンチャネルとオプトジェネティクスに関する発見」
生年・学位・所属・発見の場所・研究の流れは、ノーベル財団の発表と一般向け解説(2026年10月9日に読んだもの)。
目の光を感じる細胞がこわれる病気で見えなくなった人の目に、チャネルロドプシンに似た門を入れる試みが始まっています。光を出す特別なめがねをかけると、机の上の物を見分けて、つかめるようになった人がいます。耳の神経を、電気ではなく光で動かす人工の耳の研究も進んでいます。
「緑の藻クラミドモナスが光のほうへ動くしくみ」「チャネルロドプシンを入れた神経に青い光を当てると、何が起こるか(イオンの流れも含めて)」「光で記憶の神経を動かす実験」——今回の受賞の中身が、そのまま出ています。
問題と解き方を見る →「二重結合はふつう回らないが、光を当てると回ることがある。トランス形の分子に紫外線を当てると、シス形に変わる」——レチナールと同じ、光で分子の形が変わる化学です。
問題と解き方を見る →東京大学の入学試験問題からの引用です。「」の中は問題の設定を短くまとめたもので、原文ではありません。このページの説明・図・シミュレーションは、東京大学やノーベル財団が公表したものではありません。
文と図はアトリエファクトリーが作りました。ノーベル財団の絵・写真は使っていません。