第9日の記録
第9日。
白い頁の端に、「明日また会おう」と書きかけ、すぐに黒い線で塗りつぶした。
先の約束なんて、私にはできない。
車に貼られた黄色と緑の若葉マーク。
乗り物にもう一回乗れる遊園地の延長券。
商店街の路地で行われていた映画のロケ。
ケチャップで名前を書いた食堂のオムライス。
棚の小箱の中で静かに眠る白い繭。
どの場面も、明日へ続くはずだった時間の途中で止まっている。
今日を無理に引き延ばすのではなく、今日ここにいたことだけを留める。
それが手順書の教えだったはずだ。
引き出しの底に手を入れて、塗りつぶした紙を押し込んだ。
明日の無事を保証する言葉は、どこにもない。
灯りを消すとき、暗闇の中で自分の呼吸だけがひどく大きく響いた。
本日配達した手紙
母さんへ。俺の高校まで車で何分かかるか、測らなくていいよ。それより、免許を取ったら最初に行きたい場所を教えて。海辺の工房でも、どこでもいい。母さんの行きたいところへ、助手席に乗せて連れてってほしい。
— 教習所の世界線(第9日、消灯)
家族へ。時間を延ばす券は引き出しに戻しました。時間を増やすことより、明日も同じ席に座ってほしいです。皿洗いは毎晩ぼくがやります。だから、またくだらない話をしてください。
— 今日の延長券の世界線(第9日、消灯)
コタへ。画面にいなくても、ばあちゃんはあそこにいたよ。誰に覚えられなくても、目的地を持って歩いていたんだ。二人の写真、真ん中で写りたかったな。
— 通行人の世界線(第9日、消灯)
フサへ。次の支給日を待たずに、またあの窓際の席に座ろう。理由なんかいらんかったな。明日の昼も、こまどりで待っとる。
— 支給日の世界線(第9日、消灯)
おばあちゃんへ。梁に日を刻みました。全部は救えなかったけれど、箱のなかに十匹、あたしの蚕がいます。明日からの桑やり、お願いしてもいいですか。あたしの手のひらの続きを、頼みます。
— 蚕の世界線(第9日、消灯)