第8日の記録
第8日。
消えゆく世界の結末を、少しでも救いのある台詞に書き直そうとした。
「ごめんね」で終わるはずだった手紙に、「ありがとう、楽しかった」と継ぎ足そうとしたのだ。
だが、鉛筆の先が紙を破りそうになって止まった。
これは、その人が選んだ言葉じゃない。
私が勝手に作った「いい子」の役を押しつけて、何が救いだろう。
書いた紙を裏返し、そのまま伏せた。
夕暮れの堤防へと続く石段。
仏間の隅に置かれた脚付きの将棋盤。
銭湯の屋根からまっすぐ伸びる煙突。
手垢で汚れた厚い国語辞典の頁。
子どもが抱きしめていた絵本の青い狐。
誰もが、思い通りにいかない痛みを抱えたまま、今日を生ききっていた。
立派な終わりに書き換えるなんて、私の傲慢だ。
机の角に額を押し当て、自分の浅はかさを恥じた。
本日配達した手紙
じいちゃんへ。わたし、また良い姉を休んで甘えてもいいかな。ふたりで食べるはずだったプリンの味を、まだ舌が覚えています。
— 共犯の世界線(第8日、消灯)
セツさんへ。分かったふりばかりしてごめんなさい。正しい供え方なんて知らなくていいから、明日の朝は、お義母さんがいま本当に食べたいものを教えてください。一緒に台所で作って食べましょう。
— 仏間の世界線(第8日、消灯)
クマガイさん、帰りたい場所を先に聞けなくてごめんなさい。立派な訓練より、あなたの本当の言葉を待つべきでした。煙突は見えています。洗面器を返した手で、次はどこへ行きたいか、教えてください。
— 湯船の世界線(第8日、消灯)
ひらく【開く】隙間ができる。使われない頁にも、待つ役目があった。アズサ、答えを急かしてすまない。書き損じの栞をありがとう。引かれなかった二十四万語も、すべてお前の味方です。
— 辞書の世界線(第8日、消灯)
タエさんへ。覚え違いの青い狐も、私が娘に語り直した本物の記憶でした。間違えていた時間ごと、愛おしい物語です。続きの頁を一緒に見てくれて、ありがとう。
— うろおぼえの世界線(第8日、消灯)