第5日の記録
第5日。
机の引き出しの奥を整理していて、一枚の古い紙切れを見つけた。
私の字ではない、けれどどこか見覚えのある筆跡で、こう書かれていた。
『そこに、誰か、いますか』
誰が書いた問いなのか、手順書には何も記されていない。
私は息を潜め、その紙の文字を自分の帳面にそっと書き写した。
今日止まった世界の花の絵を、覚え絵の隅に描き足す。
引き出しに残された小さなポチ袋。
仏壇の前に供えられた黄色い花。
待合室の丸いガラス鉢で揺れる赤い金魚。
水槽の底で静かに光を浴びるシーラカンス。
窓辺に置かれた古い双眼鏡。
棚の隅で見守るように座る土の人形。
どれも静かで、ささやかな誰かへの「ありがとう」を受け取っていた。
この引き出しの問いも、私宛ての言葉なのだろうか。
「います」と、机に向かって返事を書きかけて、鉛筆を置いた。
答える資格が、今の私にあるとは思えなかった。
本日配達した手紙
お父さんへ。査定表に父さんの夢の欄を作りました。使い道を聞く前に、削ったりしないと約束します。ぼくの小遣いはいまのままでいいです。完成したら、見せてね。
— おこづかいの世界線(第5日、消灯)
夜。次の花を売る相手の顔を、ちゃんと覚えていたい。黄色いガーベラは、思っていたよりずっとあたたかい色でした。ありがとう。
— 花束の世界線(第5日、消灯)
タチバナ先生へ。大丈夫と嘘をつく私を逃がさず、検査してくれてありがとう。昔の悪戯を謝れなかったことだけが心残りです。
— 診療所の世界線(第5日、消灯)
ゴマ、仲間を頼む。四億年隠れて生きてきたが、最後に見つかる役を引き受けるのも悪くなかった。ワシの写真は、逃げ切ったみんなの道標にしてくれ。
— シーラカンスの世界線(第5日、消灯)
餌をやるだけの味方はもう終わり。カラスにも町の人にも、生きるための言い分がある。遠くの水場から空を見守り続けます。お互いの距離を保ちながら、同じ空の下で。
— カラスの世界線(第5日、消灯)
父さん、ぼくらの家の下には、大昔に誰かの家があったんだね。顔の欠片は見つかったよ。自分の家にはならなくても、あいつにもちゃんと居場所を渡してあげて。
— 発掘の世界線(第5日、消灯)