第4日の記録
第4日。
机の前に置かれた誰も座っていない丸椅子を、引き出しの方へ向けた。
読み終えた場面の絵を描き足しながら、一人でくすりと笑ってしまったからだ。
公園のやぐらの下で盆踊りの練習をからかわれた男や、山あいの分校で黒板を磨く先生。
玄関先に置かれた朝の牛乳瓶を取り忘れた人。
引き出しの奥から出てきた青い便箋に、たった一行の挨拶を書いた人。
机の上に置きっぱなしの大入り袋を自慢する男や、赤ん坊に編みかけの毛糸の帽子をかぶせて照れる父親。
坂道のカーブミラーに自分の寝ぐせを映して笑う人。
みんなどこか抜けていて、下手な見栄を張って、それでも懸命だった。
こんなおかしな人生を、私は笑ったまま消していいのだろうか。
誰もいない椅子に向かって、声が出そうになる。
「少し、休んでいけばいいのに」
返事はない。
明日の部屋に、余分な椅子を一脚出しておく目印だけを手順書に残した。
本日配達した手紙
ナツメ、来年の太鼓はお前が叩いてくれ。ばあちゃんの手をよく見て、その手に合わせて打つんだ。おれが見栄を張って叩くより、きっといい音が鳴るから。頼んだぞ。
— 盆踊りの世界線(第4日、消灯)
ワカバちゃんへ。島を無理に好きにならなくていいよ。退屈な日も寂しい雨の日も、分校の机は二つ並べたままにしておくね。隣の席は、いつでもあなたの場所だから。
— 分校の世界線(第4日、消灯)
ミタさん、隣の人が手伝ってくれました。一人で抱えなくてよかったです。帰ってきたら、たまには誰かに頼んで、二人で朝寝坊してください。休んでも、あなたの牧場は消えません。
— 休日の世界線(第4日、消灯)
ミズホさん。雨の中、次の場所を聞けてよかった。一番言いたいことを盛らずに言います。僕はあなたと、もう一度会いたいです。次は傘を二本、持っていきます。
— 盛らないの世界線(第4日、消灯)
相棒へ。会社は任せる。世界一の報告より、たった一人の返事をどきどきして待つ時間こそ、おれの欲しかったものだった。返事が来たら、笑って受け取ってくれ。
— 大社長の世界線(第4日、消灯)
屋号は「あやめ小物店」。自分の手間に、初めて覚悟の値段をつけました。安さで自分を消すのはもうやめです。あの子に届く本の覆い、誰か私の代わりに縫って、ちゃんと胸を張って渡してください。
— 値札の世界線(第4日、消灯)
チヒロさんへ。勝たなきゃ挨拶できないなんて、おれのくだらない意地でした。名前を呼んでくれようとして嬉しかった。明日こそは裏返らない声で、坂の下から自分でおはようと言います。
— 坂道の世界線(第4日、消灯)