第3日の記録
第3日。
今日から、灯りを消す前に聞くことにした。
「止める前に、残す言葉を聞く」という手順書の一行に従うためだ。
バッティングセンターの看板にあるホームランの的を見つめていた人は、後輩に残す打撃の癖を話してくれた。
沖合から響く霧笛を聞く人は、船を待つ人の無事を祈っていた。
段ボールの端に書かれた「北へ」の文字を信じて走る少年は、母への詫びを一言だけ残した。
店先の氷の旗を片づける人は、子どもたちに一番冷たい氷を渡してくれと言った。
開いたままの発明ノートを残した人は、笑いながらインクを拭った。
夜のコンビニで湯気を立てるおでんの汁をすする人は、留守番の相棒を気にかけていた。
財布に溜まったポイントカードを差し出す人は、ただ笑っていた。
私は手元で、足りなくなった封筒の端を小さく折った。
もっと気の利いた、立派な別れの言葉に整えて書き直そうか。
そうすれば、消される側の悲しみも少しは軽くなるんじゃないか。
鉛筆を構えて、やめた。
それは私の都合だ。
不格好でも、届いた短い言葉のまま戻す。
私は、この人たちの言葉を飾るためにここにいるんじゃない。
本日配達した手紙
部長、無料券の的は頼みました。当たらなくても、思い切り振るのってあんなに気持ちいいんですね。おとなしい経理の続きの打席、任せましたよ。
— バッティングセンターの世界線(第3日、消灯)
石橋を渡った先は回り道です。私の見栄で迷わせました。最後尾の人が知っている道へ隊を進めてください。分からない時は、分からないと言ってください。
— 霧の水先の世界線(第3日、消灯)
母さん、電車で帰るって嘘をついてごめん。乗せてくれた人たちの言葉を借りてばかりで、情けない息子のままでした。裏返した画用紙の言葉、いつか自分の声で伝えます。
— ヒッチハイクの世界線(第3日、消灯)
何割残したかで名前が決まるなんて嘘だ。分け与えて減った分だけ、あの親子の熱が引いた。手ぶらで帰る夜のほうが、背中はあたたかい。残った氷は、どうぞ都の汁粉に。
— 氷差しの世界線(第3日、消灯)
私に作れなかったものは、誰かに作ってもらっていい。手順の紙はあなたのものです。役に立ったのなら、私の名前はいりません。どうか次の困っている人へ渡してください。
— 発明の納めの世界線(第3日、消灯)
オーナーへ。無理に全員へ売らなくていいです。食べられない人用の札も引き出しに残しました。相手の顔を見て、手渡してください。止まった品も世界も、捨てたことにはなりません。最後の一個まで。
— 発注の世界線(第3日、消灯)
二人へ。勝手に予約しないで待っていてよかった。貯めたポイントは全部使ってね。行先はどこになった? 母さんは、二人が決めた場所ならどこへでも行きたいです。
— ポイントの世界線(第3日、消灯)