第13日の記録
第13日。
朝のうちに知らせを渡し、夜になるのをじっと待った。
立派に誰かへ道を譲る結末を、私はあらかじめ予想して覚え絵に描いていた。
けれど夜に届いた記録は、窯の火を見つめ、土を触りたがる職人のしがみつく手だった。
朝の町に響く豆腐屋の甲高いラッパ。
風に飛ばされた紙の王冠を追うのをやめ、遠い空の凧を見上げる子。
机の端で傾いたままの小さな地球儀。
押し入れの奥でガットの緩んだラケット。
駅の改札前で主人の足をじっと待つ盲導犬。
絵本に描かれた温かい色の煉瓦の町。
川べりの草むらに隠された秘密基地。
デパートに流れる迷子センターの呼び出し放送。
鳥かごの中で首をかしげる緑のオウム。
ニュース画面に映る青い地球の衛星写真。
黒い土から小さな芽を出したばかりの朝顔の種。
夜回りの拍子木が鳴る火の用心の声。
寿司屋のくぐり戸を揺らす白い暖簾。
押し入れから引っぱり出した真鍮のトランペット。
私はあわてて消しゴムをかけ、泥に汚れた職人の手を描き直した。
「書けなかった最後の頁は、読むあなたに託すこと」
手順書の一行が、胸に刺さる。
この言いつけを書いた人も、同じように予想を裏切られて途方に暮れたのだろうか。
本日配達した手紙
婆さんへ。今朝、私の役目は終わると知りました。最後に、ずっと言えなかった本当のことを伝えに行きます。守るための嘘はもう書きません。あなたの豆腐が本当に好きでした。買いに行きます。
— 宇宙人の世界線(第13日、消灯)
網を増やすのはやめました。今日はイトに凧の上げ方を教わります。王を決めるためではなく、ただ空を見るために。
— 逃げる王冠の世界線(第13日、消灯)
観測帳の二人へ。大きな光で空を奪うのはやめます。見上げてくれなくても、わたしはずっと回っています。明日の白い頁にも、いつもの空を書いてください。
— 地球の世界線(第13日、消灯)
アイラへ。明日も朝から打ちたかった。あなたの隣で同じ球を返すのが、悔しくて、すごく楽しかった。まだ全然追いつけてないから、うらやましいままだよ。だから、また一緒に打とうね。
— うらやみの目の世界線(第13日、消灯)
マメタへ。今夜で私は旅立つよ。チビはもうお前の目だ。私のところへ戻れなんて言わないさ。二人で歩く新しい道が、どうか穏やかで、温かいものでありますように。チビをよろしく頼んだよ。
— 旅立ち屋の世界線(第13日、消灯)
土を練る人たちへ。今夜、私は行きます。窯と帳面を渡します。完成を恐れずに試してください。失敗の配合も全部残しました。最後の頁は、あなたが書いてください。
— 途中の国の世界線(第13日、消灯)
みんなへ。隠れる場所をなくしても、集まれる場所があれば大丈夫だ。川べりの基地は更地になるけど、新しい地図は軒先に貼っておいた。みんなが迷わず家に帰れるように。椅子は六つ、そのまま置いておくよ。
— 秘密基地の世界線(第13日、消灯)
イッセイくん、お母さん。席を見つけてくれてありがとう。あの子が呼んだ時、いると言えるようにしておくこと。迷子のエミも、ようやく父の店へ帰れました。温かいお皿の匂いのする方へ、まっすぐ歩きます。
— 迷子センターの世界線(第13日、消灯)
ユウタ、ミヤコさん。ゴンスケの世話を頼むよ。鳥はあいつの声も私の声も覚えてくれた。私は私の声で礼を言うよ。長い間、ふたりとも本当にありがとう。台紙の切符は、そのままにしておいておくれ。
— オウムの世界線(第13日、消灯)
しずく二号へ。返事のない空へ送り続けた十四年間は、私のすべてでした。返答を求めず、ただ働き続けてくれたあなたへ。言葉にして残します。ありがとう。
— 衛星の世界線(第13日、消灯)
リンネへ。この種が芽を出すかはわかりません。でも土の中で生きています。どうか水をやってください。しまいこまず、まいてくれてありがとう。花が咲いたら、笑って見届けてください。
— 種継ぎの世界線(第13日、消灯)
ケンタへ。出番なんてなくていい。何も起きない夜を守るのが俺たちの仕事だ。拍子木を鳴らして町を安心させてやれ。道具は棚に揃えてある。あとは頼んだぞ。
— 出動しない世界線(第13日、消灯)
師匠へ。今日で店を閉めます。父に似たところも、もう隠しません。二枚の暖簾を重ねて縫いました。客の顔を見て握る面白さを、最後に知ることができました。
— のれん戦争の世界線(第13日、消灯)
マコへ。大会で何点取れるかより、削った小節もあんたの音も、全部この胸にあるって伝えたかった。短くても長くても、一緒に吹いた時間は消えない。聴いてくれてありがとう。
— 十三分の世界線(第13日、消灯)