1 校長先生の話に、点をつける
今夜止まるのは、テンという男の子の灯りだった。
テンの学校の校長先生は、話が長い。
朝礼で、話しはじめると、止まらない。
「えー、今日は、みなさんに、三つ、お話があります」
三つと言って、七つ話す。
テンは、ある日、ひみつの遊びをはじめた。
校長先生の話に、点をつけるのだ。
帳面に、こっそり。
《今日の話:三十点。長い。オチがない》
《今日の話:十五点。カエルの話、三回目》
友だちのガクと、見せあって、わらった。
一日目。
その帳面を、校長先生に、見つかった。
テンは、かたまった。
おこられる。ぜったい、おこられる。
校長先生は、帳面を、ぱらぱらと、めくった。
それから、言った。
「……つづけて、いいよ」
――おこられないのが、かえって、こわかった。
二日目から十七日目。
校長先生は、テンに、聞くようになった。
「あしたは、何の話がいいと思う?」
テンとガクは、おもしろい話を注文した。
「恐竜の話!」「おばけの話!」
校長先生の話は、どんどん、短くなった。
テンは、短い話に、高い点をつけた。
「九十点!」
校長先生は、聞いた。
「どこが、よかった?」
テンは、答えられなかった。
短かったから、としか、言えなかった。
十八日目から二十二日目。
校長先生は、もうすぐ、学校をやめることになっていた。
テンは、先生を送る会で、あいさつをすることになった。
みんなから、校長先生との思い出を、集めた。
ほめ言葉を、さがした。
でも、集まったのは、失敗の話ばかりだった。
朝礼で、マイクのコードに足をひっかけた話。
運動会で、ピストルの音に、自分でおどろいた話。
雨の日、校門で、子どもたちが全員中に入るまで、かさもささずに、ずっと待っていた話。
テンは、あいさつの原稿を書いた。
長くなった。
けずれなかった。
――校長先生と、同じだった。
テンは、言いたいことを、一つだけ、えらんだ。
雨の日の、かさの話。
送る会の日。
テンは、原稿を読んだ。
とちゅうで、声が、つまった。
何秒も、何も、言えなくなった。
校長先生は、ステージの横で、ずっと、待っていた。
テンが、さいごまで読みおわるまで。
雨の日の、校門と同じように。
今朝、テンの封筒が、もどってきた。
今日の話は、点をつけないで、聞く。 テン
今日は、校長先生の、さいごの朝礼だった。
「えー、今日は、みなさんに、一つだけ、お話があります」
校長先生は、そう言って――やっぱり、長く、話した。
テンは、帳面をひらいていた。
えんぴつも、持っていた。
でも、点を、書かなかった。
ただ、聞いていた。
長い、長い話を、さいごまで。
点の欄が、空いたままだった。
空いているのが、ふあんだった。
でも、テンは、そのまま、帳面を、とじなかった。
夜。
テンの帳面の、さいごのページに、点のない一行が、のこっていた。
《校長先生の、さいごの話。》
――頁は、そこで、止まっていた。
2 私の、目のくせ
私は、手順書をひらいた。
テンの世界と、にている行を、さがした。
見つけて、私は、息を止めた。
読まれた数で止める。それは私の目の癖だ。だから最後に、点をつけない頁を一枚残すこと。
読まれた数で、止める。
――この部屋のことだ。
一日目の夜から、ずっと、そうしてきた。
明るい灯りは、たくさん読まれている。
くらい灯りは、あまり読まれていない。
くらい灯りから、順番に、止める。
あの知らせのとおりに。
それを、この手順書を書いた人は、「私の目のくせ」と書いている。
数で、はかってしまう、くせ。
テンが、校長先生の話に、点をつけたみたいに。
書いた人は、知っていたのだ。
読まれた数で止めるのは、正しいから、じゃない。
自分の、くせだから。
それが、わるいくせかもしれないと、分かっていたから。
「だから最後に、点をつけない頁を一枚残すこと」
私は、冊子の、さいごの頁をひらいた。
まっ白な頁。
――点をつけない頁。
これのことだろうか。
3 同じ、字
それから、私は、いちばん下の引き出しをあけた。
五日目の夜に見つけた、あの紙が、まだ、入っていた。
四つにおった、古い紙。
そこに、誰か、いますか
私は、その紙を、手順書の、となりに、ならべた。
ゆうべ、手順書をとじなおしたときに、気がついたことがある。
この冊子の「す」は、ぜんぶ、さいごが、くるんと、小さく、まるまっている。
私は、引き出しの紙の、「す」を見た。
「いますか」の、「す」。
――くるん。
小さく、まるまっていた。
私は、もう一度、見くらべた。
「こと」の、ためらうような、ふるえ。
「い」の、はねかた。
「か」の、点の打ちかた。
同じだった。
手順書を書いた人と、引き出しの紙を書いた人は、同じ人だった。
命令ばかりの冊子を書いた人が、引き出しのおくに、こっそり、問いを一つ、入れていた。
「そこに、誰か、いますか」
――その人も、返事を、待っていたのだろうか。
命令をするだけじゃなくて。
だれかが、そこにいるかどうか、たしかめたかったのだろうか。
名前は、どこにも、書いていなかった。
二十九日目の夜に、差出人の別紙がとどくまで、あと、六日。
4 王さまに、いもを、むかせる
左の灯りを、読んだ。
――二十三日目。
リュウジは、娘を連れて、道の向かいの、お母さんの家の、二階に上がっていた。
お母さんに、たのまれたのだ。
「二階の本だな、そろそろ、かたづけたいの。いるもの、持っていきなさい」
二階には、古い絵本が、たくさん、ならんでいた。
リュウジが、子どものころに読んでいた、絵本だ。
『にげる王冠』。『塔を下りる人』。『ぜんまい遠征』。『日の季節』。
かべには、雪の運河の絵が、かかっていた。
リュウジは、『にげる王冠』を、娘に、読んであげた。
王さまの頭から、王冠が、にげだす話だ。
でも、とちゅうで、リュウジは、話を、かえた。
「……王冠をなくした王さまは、ひまになったので、台所で、いもを、むきはじめました。いもを、むいて、むいて、むいて、町じゅうの人のカレーを、作りました」
娘が、きゃっきゃっと、わらった。
《いも》《いも》《いも》
頭の上の字が、いもだらけになった。
リュウジも、わらった。
それから、少し、はずかしくなった。
王さまに、いもをむかせるなんて。
ちゃんとした話に、もどそうか。
王冠が、ちゃんと、王さまの頭に、もどる話に。
そのとき、絵本の、さいごのページに、えんぴつの落書きが、あるのに気がついた。
子どもの字だった。
リュウジの、子どものころの字。
《おうかんは、もどらない。どこか、いきたいところが、あった》
リュウジは、その字を、じっと見た。
自分が、小さいころ、書いたのだ。
わすれていた。
――おうかんは、もどらない。
5 変えたところに、印
右の灯りを、読んだ。
――二十三日目。
サヤは、本の教室の宿題を、しあげていた。
これまでに書いた話を、ぜんぶ、ひもで、たばねている。
にげる王冠の話。
塔をのぼる、青いきつねの話。
ぜんまいで動く岸の話。
どれも、おれが、ねる前に話してやった話だ。
サヤが、小さいころ、書きとめて、それから、自分で、書きかえた話。
――先生に出すとき、言ってくれないかな。
「これは、パパの話です」って。
おれは、天井のすみで、そう思った。
サヤは、たばねた紙を、一まいずつ、めくっていた。
それから、赤えんぴつを、持った。
自分が書きかえたところに、小さな星の印を、つけはじめた。
王冠が、もどらないところに、星。
きつねが、パン屋でパンを買うところに、星。
パパの話、とは、書かなかった。
自分が変えたところに、星をつけただけだった。
おれは、今日の風で、たばねた紙のはしを、ぴらっと、めくった。
いちばん上の紙の、いちばん上に、サヤの字で、書いてあった。
《もとのお話を、ねる前に話してくれた人へ。》
――それで、じゅうぶんだった。
(つづく)