1 にせものの、まごの電話
一つめは、シノブおばあさんの灯りだった。
シノブさんには、まごがいた。
でも、何年も前に、事故で、亡くなってしまった。
一日目。
シノブさんの家の電話が、鳴った。
「……ばあちゃん? おれ。おれだよ」
なくなったまごの、声に、そっくりだった。
「ばあちゃん、ちょっと、こまったことになってさ。お金、いるんだ」
――にせものの電話だ。
お金をだましとろうとする、わるい電話。
シノブさんには、すぐ分かった。
分かったのに、一しゅんだけ、思ってしまった。
ほんものだったら、いいのに。
しかも、その声は、まごが、よく言いまちがえていた言葉まで、同じように、言いまちがえた。
二日目から七日目。
シノブさんは、警察に知らせた。
近所の若いおまわりさん、カケルさんが、話を聞いてくれた。
シノブさんは、電話の話を、ノートに書きとめた。
うれしかったことは、書かなかった。
どうして、相手は、まごの言いまちがいまで、知っていたのだろう。
調べたら、昔の町内会の会報に、まごのことが、のっていたのだ。
シノブさんが、町内会の会報に、まごの失敗の話を書いていた。
余白には、シノブさんが書いた、まごへの小言まで。
「あの子ったら、また、『とうもころし』って言うのよ」
また、電話が来た。
若い声だった。
用意された話から、少しはずれて、つっかえた。
シノブさんは、思わず、聞いた。
「……あんた、ごはん、ちゃんと食べてるの?」
電話は、答えずに、切れた。
八日目から十二日目。
シノブさんは、自分ひとりで、電話の相手に会いに行こうとするのを、やめた。
助けてあげたい。でも、それは、シノブさんの仕事じゃない。
シノブさんは、ほんもののまごの写真を、出してきた。
写真の顔と、電話の声を、くらべた。
――ぜんぜん、にていない。声だけが、にていたのだ。
ある日、電話の相手から、「助けて」と、連絡が来た。
悪い大人たちに、むりやり、電話をかけさせられていたのだ。
シノブさんは、受話器を、カケルさんにわたした。
それから、家で、すいはんきを、ていねいに、あらった。
待つしかないのが、つらかった。
その夜、知らせが来た。
「無事に、保護されましたよ」
十三日目から十七日目。
シノブさんは、「会いたい」と伝えた。
相手からは、「少し、時間がほしい」と、返事が来た。
それから、短い「ごめんなさい」が、とどいた。
そこには、はじめて、その若い人の、ほんとうの名前が、書いてあった。
シノブさんは、「ゆるす、とは、まだ、言えない」と返事をした。
それでも、「話したい」と、返事が来た。
シノブさんは、ごはんの用意をしようとした。
まごの好きだった、からあげ。
――手が、止まった。
ちがう。
来るのは、まごじゃない。
シノブさんは、カケルさんを通して、聞きなおした。
「あなたの、好きな食べものは、何?」
今朝、シノブさんの封筒が、もどってきた。
あの子の名前じゃなくて、あの人の名前で、よぶ。 シノブ
今日。
シノブさんの家に、カケルさんと、一人の若い人が、来た。
やせていて、下をむいていた。
シノブさんは、玄関で、その人の顔を見た。
まごには、ぜんぜん、にていなかった。
それでも、声が、少しだけ、にていて、むねが、ちくっとした。
シノブさんは、息をすった。
それから、その人の、ほんとうの名前を、呼んだ。
「――さん。いらっしゃい。ごはん、できてますよ」
テーブルの上には、その人がいちばん好きだと言った、たまごやきが、ならんでいた。
夜。
食べおわったお茶わんから、お茶の湯気が、ゆらゆら、立っていた。
――頁は、そこで、止まっていた。
私は、ページの、あの人の名前のところを、見た。
「――さん」
そこだけ、頁の字が、うすくて、読めなかった。
シノブさんが、あの人を、ほんとうの名前で呼んだ。
それだけで、いいのかもしれない。
私が、読めなくても。
2 私が書きかけた、返事
シノブさんの灯りを止めたあと、私は、帳面をひらいた。
止めた人のことを、書いておく。
今夜も、そうするつもりだった。
でも、私は、ふと、別のことを書きはじめた。
ゾグのことだ。
十三日目に止めた、宇宙人のゾグ。
さいごの夜、ゾグは、星への報告の画面の前にいた。
何を書いたのか、私には、読めなかった。
私は、それが、ずっと、気になっていた。
だから、書いてみたのだ。
ゾグが、書いたかもしれない、報告を。
地球の豆腐は、世界一うまい。ここには、住む価値がある。でも、来ないでくれ。ここは、ぼくの好きな星だから。
書いてから、読みなおした。
――ゾグなら、こう書きそうだ。
いや、ゾグは、こう書いたにちがいない。
私は、そこで、えんぴつを止めた。
「にちがいない」?
これは、ゾグの言葉じゃない。
私が、ゾグのふりをして、書いた言葉だ。
シノブさんの電話の相手が、まごのふりをして、話したのと、同じだ。
手順書に、あの行があった。
本人のふりをしないこと。でも、声を待つ人の気持ちは笑わないこと。
私は、消しゴムを持った。
消そうとして――やめた。
かわりに、私の書いた言葉を、かぎかっこで、かこった。
「地球の豆腐は、世界一うまい。ここには、住む価値がある。でも、来ないでくれ。ここは、ぼくの好きな星だから。」
――これは、私が、そうだったらいいなと思って書いた言葉。ゾグが書いた言葉ではない。
私のねがいは、私のねがいとして、のこす。
ゾグの言葉には、しない。
でも、そうねがった私の気持ちも、消さない。
3 塔をおりる人
二つめは、トワの灯りだった。
トワは、世界でいちばん高い塔を、のぼりきった人だ。
てっぺんまで行けば、どんなねがいでも、かなうと言われていた。
何年もかけて、のぼった。
一日目。
てっぺんで、トワは、何も、ねがえなかった。
ねがうことが、思いつかなかったのだ。
だから、トワは、下りることにした。
下りるのは、のぼるより、たいへんだった。
お金がなくて、荷物を運ぶかごのリフトに、乗れなかった。
荷物を運ぶ手伝いをして、乗せてもらうことにした。
とちゅうの階の、まんじゅう屋のハクさんは、トワの顔を、おぼえていた。
のぼるとき、まんじゅうを、ただで、くれた人だった。
トワは、わすれていた。
とちゅうの茶屋のお師匠さんも、トワのことを、おぼえていた。
「ねがいは、かなったかい」
トワは、立派な答えを、作ろうとした。
お師匠さんは、わらった。
「おまえは、のぼるときも、同じうそを言ったよ」
トワは、壁にかかった、雪の運河の絵を、ふいた。
のぼるときは、景色なんか、見ていなかった。
下の町へとどける手紙を、あずかった。
のぼった記念の品を、ハクさんに、売った。
その代わりに、足の悪いお客さんも、リフトに乗れるように、修理のお金を作った。
今朝、トワの封筒が、もどってきた。
手ぶらで、帰る。 トワ
今日。
トワは、荷物のかごに乗って、地上へ、下りていった。
何も持っていなかった。
ねがいも。記念品も。
下の町の人たちが、石の橋のたもとで、待っていた。
夜。
石の橋の上に、まんじゅうのつつみが、一つ、置いてあった。
ハクさんが、持たせてくれたものだった。
――頁は、そこで、止まっていた。
手順書の、この行に、丸をつけた。
高い所から見ないこと。下りて、家の中から見ること。
4 まだ止まらない灯り
シュウゾウおじいさんの灯りを、のぞいた。
あしたが、生前葬の日だ。
おじいさんは、できあがった「式の紙」の束を、会場の入り口に、運んでいた。
まんなかに、でかでかと、あの写真。
パン食い競走で、ころんで、口のまわりがあんこだらけの、わらった顔。
おじいさんは、紙の束を、じっと見た。
――今なら、まだ、スーツのりっぱな写真に、かえられる。
手が、のびかけた。
そのとき、入り口の戸があいて、さいしょのお客さんが、来た。
近所のおばさんだった。
おばさんは、式の紙を一まい取って、ぷっと、ふき出した。
「いい顔!」
おじいさんの手が、とまった。
5 向かいの、窓の布
右の灯りを、読んだ。
――十八日目。
風のお父さんの家の、道の向かいに、古い二階建ての家がある。
一人ぐらしの、おばあさんの家だ。
その朝、向かいの二階のまどに、白い布が、ほしてあった。
あらったばかりの、ふきんのような、布。
風に、ひらひら、ゆれていた。
――おれは、それを見て、思った。
ここにいるぞ、と、だれかに知らせる旗みたいだ。
おれも、あんなふうに、ここにいるぞと、知らせたい。
妻に。サヤに。
風で、何か、大きな合図を――
おれは、今日の風で、自分の家のまどの、うすいカーテンを、ふう、と、大きくふくらませた。
まるで、旗みたいに。
妻は、カーテンを、ちらっと見て、それから、向かいの家を見た。
向かいのおばあさんが、布を取りこもうとして、手をすべらせた。
布が、ひらひらと、道に落ちた。
妻は、外に出て、布をひろった。
向かいのおばあさんに、わたしに行った。
それから、ふつうに、話していた。
「今日は、よく晴れますね」
「ええ。せんたくものが、よくかわくわ」
「あ、町内会の回覧板、うちで止まってました。すみません」
――ふつうの、話だった。
おれの合図のことなんか、だれも、気にしていなかった。
でも、道のまんなかで、ふつうに話している、妻と、向かいのおばあさんを見て、おれは、なぜか、ほっとした。
6 さいごまで、聞く
左の灯りを、読んだ。
――十八日目。
「じゃあ、今度は、わたしの話も、聞いて」
きのうの夜、おくさんは、そう言って、リュウジのとなりに、すわった。
今夜、おくさんは、話した。
実家で、何をしていたか。
一日目は、ただ、ねむった。
二日目も、ねむった。
三日目に、昔の友だちと、商店街の食堂で、ごはんを食べた。
食券の機械の前で、何をたのむか、十分もなやんだ。
自分の食べたいものを、自分のためだけに、えらぶのが、ひさしぶりだったから。
リュウジは、途中で、何回も、口をはさみそうになった。
「それは、よかったね」
「ゆっくりできて、よかったじゃない」
正しそうな返事を。
でも、はさまなかった。
さいごまで、だまって、聞いた。
おくさんは、話しおえて、ふうっと、息をはいた。
それから、いすに、すわりなおした。
少し、せすじをのばして。
「……それとね。もう一つ、話したいことがあるの」
(つづく)