1 白いところだけを、ふむ遊び
一つめは、ツクシという女の子の灯りだった。
ツクシには、ひみつの遊びがある。
帰り道で、白いところだけを、ふんで歩くのだ。
横断歩道の、白いしましま。
道路にかいてある、白い線。
マンホールのふたの、白いペンキのところ。
白いところだけをふんで、家まで帰れたら、いいことがある。
――と、ツクシは決めていた。
黒いところをふんだら、アウト。
一回ふむたびに、帳面に、ばってんを一つ、つける。
友だちのトオルも、はじめは、いっしょにやっていた。
でも、ツクシが、あんまり、きびしいので、だんだん、いやになってきた。
一日目。
雨がふった。
道路が、ぬれて、白いところが、見えなくなった。
二日目から五日目。
ツクシは、べつの白いところをさがして、遠回りした。
トオルは、待たずに、先に帰ってしまった。
道路の工事がはじまって、白い線が、けずられた。
ツクシは、灰色の作業着のおじさんに、たのもうとした。
「あの……白い線、はやく、かいてください」
自分の遊びのためだとは、言えなかった。
おじさんは、白い線より先に、道のわきの、みぞを直していた。
六日目から十日目。
ツクシは、橋の下のみぞに、トオルのカバンのかざりが落ちているのを見つけた。
大人を呼んで、とってもらった。
トオルは、受けとらなかった。
「……それ、引っこしていった友だちに、もらったやつなんだ。もう、いいんだ」
ツクシは、よけいなことをしたと思って、すねた。
二人は、同じ帰り道を、だまって歩いた。
トオルは、平気で、黒いところを、ふんで歩いた。
十一日目から十三日目。
ツクシは、トオルに、自分の遊びの決まりを話した。
子どもっぽいと、わらわれると思った。
トオルは、わらわなかった。
自分にも、決まりがある、と話してくれた。
「ぼくは、雨の日は、みぞのそばを歩かない。前に、足をすべらせたから」
雨の日。
トオルが、歩道の水たまりで、すべった。
ツクシは、手をのばした。
黒い、どろのところを、ふんで。
二人のくつが、まっくろになった。
十四日目。
ツクシは、ばってんを数える帳面を、やめた。
なんだか、大事なものを、なくすような気がした。
見回りのおじさんが、「くつ、ここでかわかしな」と、交番のストーブを指さしてくれた。
今朝、ツクシの封筒が、もどってきた。
今日は、ふつうに、道をわたる。 ツクシ
今日。
帰り道。
横断歩道の前で、ツクシは、トオルと、ならんで立った。
信号が、青になった。
ツクシの目は、やっぱり、白いしましまを、追いかけてしまった。
白。黒。白。黒。
でも、ツクシは、白いところだけをえらばずに、ふつうに、歩いた。
トオルと、同じ速さで。
右を見て、左を見て、もう一回、右を見て。
その夜。
ツクシの家の玄関に、白い長ぐつが、二足、ならんでいた。
ツクシのと、トオルの。
雨の日に、どろの中を歩いて、ちゃんと、あらって、かわかした長ぐつだ。
――頁は、そこで、止まっていた。
私は、手順書をひらいた。
決まりを守っても、悪いことは起きる。だから、決まりに全部は任せないこと。
私は、その行を、何回も読んだ。
決まりを守っても、悪いことは、起きる。
――なぜだろう。
この行を書いた人は、何か、あったのだろうか。
ちゃんと、決まりを守っていたのに。
白いところを、ふんでいたのに。
それでも、何か、悪いことが。
私は、しばらく、その行から、目がはなせなかった。
2 机のきず
ツクシの灯りを包むとき、私の手が、すべった。
光を包みそこねて、手の甲が、机のはしに、ごつんと当たった。
いたかった。
見ると、机のはしに、小さなきずが、ついていた。
――いや、ちがう。
私が、今、つけたきずじゃない。
もっと古い、細いきずが、何本も、ある。
一日目の夜から、ずっと、あったのかもしれない。
私が、気がつかなかっただけで。
私は、そでで、そのきずを、こすった。
きれいにしようと思った。
机は、この部屋の、大事なものだ。
きずなんて、ないほうがいい。
こすって、こすって――手が、止まった。
このきずは、だれがつけたのだろう。
私の前に、この机を使っていた、だれか?
それとも、この机を用意した、だれか?
えんぴつを、強くおしつけたあと。
何かを、何回も、書きなおしたあと。
――失敗のあとを、消すのも、私の仕事なのだろうか。
私は、こするのを、やめた。
きずは、そのまま、のこしておくことにした。
3 宮大工のヒワダ
二つめは、宮大工のヒワダの灯りだった。
宮大工というのは、神社やお寺を建てる大工さんだ。
何百年ももつように、木を組む。
ヒワダは、古い神社を、建てなおす仕事をまかされた。
その神社の、いちばん大事な柱と柱のあいだの木――梁は、ヒワダのお父さんが、昔、組んだものだった。
ヒワダは、お父さんに負けない梁を、のこしたかった。
自分の名前を、きざんで。
でも、お父さんの梁を調べたら、見えないところに、けずりなおしたあとがあった。
お父さんも、失敗していたのだ。
そして、ヒワダも、失敗した。
木が、われた。
かくそうとした。
弟子のカンナが、見つけた。
ヒワダは、みんなの前で、自分の失敗を話した。
声が、なかなか、出なかった。
それから、指をけがして、休まなくちゃいけなくなった。
弟子に、道具を、あずけた。
十四日目。
ヒワダは、梁の、だれにも見えないところに、自分の印を、小さく、おした。
墨が、少し、ななめに、ついてしまった。
今朝、ヒワダの封筒が、もどってきた。
さいごのひとけずりは、弟子に、まかせる。 ヒワダ
今日。
ヒワダは、弟子のカンナに、かんなをわたした。
自分で仕上げたい手を、ぎゅっと、にぎって、下ろした。
カンナが、さいごの面を、しゅーっと、けずった。
夜。
梁の、見えないところで、ななめの印が、ひっそり、光っていた。
――頁は、そこで、止まっていた。
私は、自分の机のきずを、もう一度、見た。
ヒワダの、ななめの印と、少し、にていた。
4 まだ止まらない灯り
勇者アルトの灯りを、のぞいた。
中立の宿。
アルトと、魔王ミアは、まだ、同じ部屋に、入れなかった。
となりどうしの、べつべつの部屋で、同じ料理を、食べていた。
大根と、すじ肉の煮物。
かべの向こうから、声が、聞こえた。
「……しょっぱい」
アルトも、同時に、言っていた。
「……しょっぱい」
二人は、かべをはさんで、だまった。
それから、アルトは、少しだけ、わらった。
5 ばちと、らくがき
右の灯りを、読んだ。
――十五日目。
妻が、物置から、古い箱を出してきた。
ふたを、あけた。
中には、おれの、昔のものが、入っていた。
太鼓のばち。子どものころ、お祭りで使った、ぴかぴかの、りっぱなばち。
それから、らくがきの紙。
おれが、サヤに話をしながら、かいてやった、へたくそな絵。
亀の背中に、村がのっている絵。
小さな犬の首輪。
ビー玉。
「サヤ。どれか、一つ、もらっておく?」
妻が、言った。
――ばちだ。
ばちを、とってくれ。
おれの、いちばん大事な、ばちを。
太鼓は、たたかなくていい。でも、ばちは、とっておいてくれ。
おれは、ばちのほうへ、ふう、と吹こうとした。
――でも、ばちは、重すぎて、動かない。
風で動かせるのは、うすい紙だけだ。
サヤは、箱の中を、じっと見ていた。
それから、手をのばした。
ばちじゃなかった。
亀の背中に村がのっている、へたくそな、らくがきの紙だった。
「これ」
サヤは、らくがきを、むねにかかえた。
「パパ、この亀、足が五本あるよ」
――五本?
おれは、天井のすみで、自分の昔の絵を、見た。
……五本、あった。
サヤは、わらった。
それから、ビー玉を一つ、ポケットに、入れた。
おれは、今日の風で、らくがきの紙のはしを、ぴらっと、ゆらした。
――それで、いい。
ばちじゃなくて、その、へたくそな絵で。
6 ねむっちゃった
左の灯りを、読んだ。
――十五日目。
「……ねむれてない」
リュウジは、とうとう、お母さんに、言った。
きのう、頭の上の《たすけて》を、見られてしまったから。
もう、かくせなかった。
「夜中に、何回も起きて。ミルクと、おむつと。それで、せきが出て、また起きて」
お母さんは、しずかに聞いていた。
それから、言った。
「せき、まだ、出てるのね。……駅前の診療所、行きなさい。あそこの金魚、まだ、いるわよ。あなたが子どものころに、見てた金魚」
「……行くよ。そのうち」
リュウジは、話をそらした。
「それより、ねむいんだよ、とにかく」
お母さんは、何も言わずに、娘を、リュウジのとなりに、ねかせた。
「少し、ねなさい。見てるから」
リュウジは、娘のとなりに、横になった。
ねるつもりは、なかった。
娘には、つかれた顔を、見せたくなかった。
ちょっと、目をとじるだけ――
――目をあけたら、まどの外が、暗くなっていた。
何時間も、ねむっていた。
となりで、娘が、すうすう、ねていた。
そして、娘のせなかに、お母さんの手が、まだ、のっていた。
ずっと、そうしていてくれたのだ。
(つづく)