1 すかすかになったたな
ゆうべ、たくさんの灯りを止めた。
ゾグの灯りも。途中の国のハツの灯りも。
今朝、たなを見上げたら、ずいぶん、すかすかになっていた。
かべいっぱいの、大きな覚え絵。
引き出しいっぱいの、ガラス玉。
今朝の封筒は、二通だけだった。
今夜止まる、二つの世界へ。
2 紙芝居のおじさん
一つめは、紙芝居屋のゲンタさんの灯りだった。
紙芝居、というのを知っているだろうか。
絵をかいた紙を、木のわくに入れて、一まいずつ、ぬきながら、お話をする。
公園に自転車でやってきて、子どもたちに、あめを売って、それから紙芝居を見せるのだ。
ゲンタさんは、そういう、昔ながらの紙芝居屋さんだった。
でも、あまり、もうかっていなかった。
あめを買う子が、少ないのだ。
一日目。
いつも、あめを買わないで、いちばん前にすわって見ている子がいた。
クヌギという男の子だ。
ゲンタさんは、ちょっと、いらいらした。
あめも買わないのに、いちばんいい席で。
そのとき、紙芝居のとちゅうで、クヌギが、次のせりふを、先に言った。
「――『王さま、それは、にせものです!』」
ゲンタさんが、言おうとした、まさに、そのせりふだった。
二日目から五日目。
どうして、クヌギは、つづきを知っているのだろう。
ゲンタさんは、古い紙芝居の絵を、調べた。
それは、ゲンタさんが、自分で作った話だと、思っていた。
でも、箱のおくから、お師匠さんの下書きが出てきた。
お師匠さんの話だったのだ。
しかも、絵のうらに、ゲンタさんの知らない、べつのつづきが、書いてあった。
とちゅうから、白いまま。
六日目から十一日目。
ゲンタさんは、クヌギを呼びとめて、聞いた。
クヌギは、言った。
「おじいちゃんに、聞いたの。おじいちゃんも、昔、この紙芝居、見てたんだって。家で、つづきを、自分で変えて話してくれるの」
ゲンタさんは、クヌギの変えたつづきで、演じてみた。
子どもたちが、大わらいした。
ゲンタさんは、それを、自分の工夫みたいな顔をした。
クヌギが、だまった。
――ゲンタさんは、次の日、お客さんの前で、ちゃんと言った。
「このおもしろいところは、この子が考えたんだ」
十二日目。十三日目。
ゲンタさんとクヌギは、いっしょに、つづきを一まいずつ、かいた。
つづきが、二つできた。
ゲンタさんのつづきと、クヌギのつづき。
二人は、どっちかに決めないで、両方、演じた。
お客さんの子どもが、言った。
「ねえ、その次は?」
今朝、ゲンタさんの封筒が、もどってきた。
白い紙を、一まい、わくに入れる。 ゲンタ
今日。
公園には、いつもより、たくさんの子どもが集まっていた。
ゲンタさんは、紙芝居を、さいごまで演じた。
それから、わくの中に、まっ白な紙を、一まい、さしこんだ。
「つづきは、ここから」
ゲンタさんは、言った。
「おじさんは、ここまで。あとは、きみたちが、かいてくれ」
ほんとうは、ゲンタさんも、つづきが見たかった。
でも、ゲンタさんは、白い紙を、そのまま、わくに入れておいた。
夕方。
子どもたちが帰ったあと、クヌギが、一人で、のこっていた。
クヌギの小さな指が、白い紙のはしを、そっと、おさえていた。
風で、とんでいかないように。
――頁は、そこで、止まっていた。
私は、手順書をひらいた。
続きは、あの子に描かせること。
3 かきかけの覚え絵
私は、ゲンタさんの灯りを止める前に、覚え絵をかきはじめていた。
紙芝居のわくと、白い紙。
その白い紙に――つい、何か、かきたくなったのだ。
王さまとか、にせものの王冠とか。
つづきを、私が、かいてしまいそうになった。
私は、えんぴつを止めた。
白い紙は、白いまま、かいた。
わくの中に、まっ白な紙。
そのはしを、小さな指が、おさえている。
それだけ。
かきおえた絵を、私は、紙でそっと包んだ。
白いところを、うっかり、よごさないように。
それから、かべにはった。
だれかが、この白いところに、つづきをかくのだろうか。
クヌギだろうか。
それとも、ぜんぜん、ちがうだれかだろうか。
だれも、かかないかもしれない。
それでも、白いところは、白いまま、のこしておきたかった。
私は、冊子の、さいごの白い頁のことを思った。
あそこも、まだ、白い。
4 コインランドリーの夜
二つめは、ノゾムの灯りだった。
ノゾムは、浪人生だ。
大学に落ちて、一年、勉強している。
昔は、柔道をやっていた。
大会で負けて、やめてしまった。
ノゾムは、毎晩、コインランドリーで、せんたくが終わるのを待ちながら、勉強していた。
丸いまどの中で、せんたく物が、ぐるぐる回る。
一日目。
コインランドリーに、柔道着を洗いに来た、小さな男の子がいた。
ジンという子だ。
柔道着のそでに、砂が、ついていた。
何回洗っても、落ちなかった。
二日目から七日目。
ジンは、道場に行くふりをして、河原で、時間をつぶしていたのだ。
試合で負けて、笑われるのが、こわくて。
ノゾムは、自分も、負けてやめたことを、ジンに話した。
言うと、むねが、ちくっと、いたかった。
八日目から十三日目。
ノゾムは、ジンに、足の運び方だけ、教えた。
自分も、少しだけ、練習をはじめた。すぐに、息が切れた。
大学の願書を、せんたく物の中に、まぎれこませてしまった。
紙のかどが、ぬれた。
ジンが、いっしょに、かわかしてくれた。
願書の、行きたい学校の欄が、まっ白なのを、ジンに見られた。
「……ここ、行きたい」
ノゾムは、はじめて、声に出して言った。
ジンも、言った。
「ぼくも、次の試合、出たい」
今朝、ノゾムの封筒が、もどってきた。
願書を出す。それから、道場に行く。 ノゾム
今日。
ノゾムは、ゆうびんきょくで、願書を出した。
それから、道場に行った。
入り口の前で、足が止まった。
中から、たたみを打つ、ばしん、という音が聞こえた。
ノゾムは、その場で、しばらく立っていた。
それから――
その夜、コインランドリーのいすの上に、かわいた柔道着が、二つ、ならんでいた。
大きいのと、小さいの。
――頁は、そこで、止まっていた。
私は、ノゾムの灯りを包んだ。
ノゾムが、道場に入ったのかどうか、頁には書いていなかった。
でも、柔道着は、二つとも、かわいていた。
ちゃんと、たたんであった。
5 お祭りの、おさそい
右の灯りを、読んだ。
――十四日目。
風のお父さんの家に、一まいのチラシが、とどいた。
《町のお祭り 子ども太鼓 参加者ぼしゅう!》
やぐらの上で、たたく太鼓だ。
――来た。
おれは、天井のすみで、どきどきした。
おれが子どものころから、大好きだった、あの太鼓。
どん、どん、どどん。
サヤが、あのやぐらの上で、たたいてくれたら。
サヤは、チラシを、しばらく見ていた。
それから、言った。
「太鼓は、たたかない」
――やっぱり、か。
「でも」
サヤは、チラシのうらの、小さな字を指さした。
「お手伝いの人も、ぼしゅうしてるんだって。太鼓の人に、お水を配ったり、お客さんの席を、ならべたり。それ、やる」
おれは、何も言えなかった。
太鼓じゃない。
でも、サヤは、お祭りに行く。
おれの好きな音の、すぐそばに。
おれは、今日の風で、チラシのはしを、ぴらっと、はねさせた。
サヤは、それを見て、にっと、わらった。
6 おばあちゃんの目
左の灯りを、読んだ。
――十四日目。
リュウジは、道の向かいの、お母さんの家に来ていた。
娘を、ちょっと、見てもらうためだ。
きのうの夜、ミルクの作り方を電話で聞いてから、たよりっぱなしだ。
お母さんは、娘をだっこしながら、ときどき、リュウジの頭の上を、じっと見る。
ゆうべから、ずっとだ。
リュウジは、とうとう、聞いた。
「……母さん。何が、見えてるの」
お母さんは、少しだまってから、言った。
「あなたの頭の上の字よ」
リュウジは、こおりついた。
「赤ちゃんのだけじゃないの。わたしには、大人のも、見えるのよ。ずっと、見えてた。あなたが、小さいころから」
リュウジは、あわてて、言った。
「いや、ぼくは、だいじょうぶだよ。この子の話を、しようよ。この子、きのう、《ぴかぴか》って――」
お母さんは、リュウジの頭の上を見たまま、しずかに言った。
「今、あなたの頭の上に、《たすけて》って、出てるわよ」
(つづく)