1 おかあさんを、おどろかせる仕掛け
一つめは、きょうだいの灯りだった。
お兄ちゃんのタイシと、妹のノン。
二人のお母さんは、毎日、はたらいて、つかれて帰ってくる。
タイシは、お母さんを、びっくりさせたかった。
お母さんがお風呂に入っているあいだに、家を一周する、大きな仕掛けを作るのだ。
玉を、ころがす。
玉が、つみ木をたおす。
つみ木が、スプーンをはじく。
スプーンが、ひもを引っぱる。
ひもが、さいごに、旗を、ぱっと上げる。
旗には、「いつも、ありがとう」と書く。
一日目。
タイシは、一人で、仕掛けを組んだ。
ノンが「手伝う」と言っても、「じゃま」と言って、追いはらった。
さいごの旗が、どうしても、上がらなかった。
二日目。
タイシは、旗の字を、ノンに書かせた。
ノンの字は、ぐにゃぐにゃだった。
タイシは、「へたくそ」と言って、書きなおさせようとした。
ノンは、紙を持って、へやを出ていってしまった。
三日目から五日目。
タイシは、ノンの宝物の、ぴかぴかの百円玉を、だまって借りた。
仕掛けの、おもりにするためだ。
百円玉が、ころころと、ゆかのすきまに消えた。
タイシは、「ぼくのせいじゃない」と言いそうになった。
二人で、はいつくばって、さがした。
そこへ――家の猫が、やってきた。
猫は、前足で、百円玉を、ちょいちょいと、ころがして遊んでいた。
六日目。
タイシは、猫を追いかけた。
「かえせ!」
猫は、にげた。
――組み立ててあった仕掛けの、まんなかを、つっきって。
がしゃがしゃがしゃーん!
つみ木が、ばたばた、たおれた。
スプーンが、とんだ。
玉が、ころころ、四方八方に、ころがった。
ひもが、猫のしっぽに、からまった。
猫は、ひもをひきずったまま、たなの上にとびのり、そこから、タイシの頭の上にとびおりた。
それから、何ごともなかったように、ソファで、毛づくろいをはじめた。
タイシは、こわれた仕掛けのまんなかで、ぼうぜんと、すわりこんだ。
ノンが、だまって、ころがった玉を、一つずつ、ひろって、ならべていた。
七日目から十日目。
タイシは、百円玉を返して、小さな声で、たのんだ。
「……使わせて、もらえる?」
ノンは、べつのおもりを持ってきた。ちょうどいい重さの、消しゴムだった。
お母さんが、いつもより早く帰ってくると分かって、タイシは、あせってノンをおした。
ノンの旗の紙が、びりっと、やぶれた。
タイシは、やぶれた紙をつなぎあわせた。
自分の字と、ノンのぐにゃぐにゃの字を、両方、のこして。
ゆうべ、二人の封筒が、もどってきた。
失敗しても、先にあやまらない。見てもらう。 タイシとノン
今日。
お母さんが、お風呂から、出てきた。
「ねえ、お母さん、ここに立って」
タイシとノンは、仕掛けのスタートの前に、ならんだ。
二人で、一つの玉を、つまんで。
「せーの」
二人の指が、同時に、玉を、はなした。
ころころころ。
玉が、ころがる。
つみ木が、たおれる。
スプーンが、はねる。
ひもが、引っぱられる――
旗のはしが、ふわっと、上がりかけて――
――頁は、そこで、とぎれていた。
2 私の書いた、見出し
私は、止める前に、帳面をひらいていた。
止めた人のことを、帳面に書くとき、私は、いつも、さいしょに一行、見出しをつける。
その人の話が、ひと目で分かるように。
私は、タイシとノンの見出しを、先に書いていた。
お母さんのために、がんばった兄妹。さいごの旗は、上がったのか、分からないまま。
書いてから、読みなおした。
――かなしい見出しだ。
読んだ人が、「かわいそう」と思うような見出し。
泣いてもらえそうな見出し。
でも。
私は、六日目の頁を思い出した。
猫だ。
猫が、仕掛けのまんなかを、つっきって、がしゃがしゃがしゃーんと、ぜんぶこわした。
しっぽに、ひもをからませて。タイシの頭の上に、とびおりて。
それから、何ごともなかったように、毛づくろい。
私は、あの頁を読んで、声を出して、わらったのだ。
おなかが、いたくなるほど。
その話が、見出しに、一つも入っていない。
私は、手順書をひらいた。
――この行を、さがしていたのかもしれない。
この物語を、私をほめるための仕掛けにしないこと。
私をほめるための、仕掛け。
読んだ人を、泣かせるための、見出し。
「かわいそうな話を、ていねいに書いた、りっぱな管理人」と、思ってもらうための見出し。
私は、消しゴムで、見出しを消した。
それから、書きなおした。
猫が、ぜんぶこわした。兄妹は、ぜんぶ、つなぎなおした。
私は、それを読んで、少しわらった。
それから、タイシとノンの灯りを、両手で包んだ。
さいごに光の中に見えたのは、ゆかにころがった、ビー玉だった。
3 締め切りの神さま
二つめは、絵かきのリサの灯りだった。
リサのところには、ある日、「締め切りの神さま」が来た。
小さなおじいさんの姿をしていて、こたつにすわって、お茶を飲む。
「わしは、締め切りの神じゃ。おまえの締め切りを、一回だけ、のばしてやれる」
リサは、よろこんだ。
さっそく、締め切りをのばして――ねた。
起きたら、描ける気がしたのだ。
起きても、描けなかった。
編集の人から、連絡が来た。
「ページを、へらしてもいいですか」
リサは、どのページも、へらせなかった。
「ぜんぶ、大事なんです」
――ほんとうは、ぜんぶ、描けていなかった。
まっ白な原稿が、つくえの上に、のこっていた。
リサは、神さまに、たのんだ。
「神さまが、線を引いてくださいよ」
神さまの手は、紙を、すうっと、すりぬけた。
「わしは、のばすことしか、できん」
五日目から九日目。
リサは、編集のカワイさんに、ほんとうのことを言った。
病気のふりをしそうになって、やめて。
「まだ、ぜんぜん、描けていません」
描きかけの、あらい絵を、見せた。
カワイさんは、いちばんかくしていた場面を、指さした。
「これ、いいですね。これは、のこしましょう」
十日目。
リサは、どうしても描けない、さいごの一ページのことを、カワイさんに話した。
助けてもらうのは、くやしかった。
カワイさんは、言った。
「いっしょに、ページを、へらしましょう。そのかわり、その一ページだけは、リサさんが描いてください」
ゆうべ、リサの封筒が、もどってきた。
神さまのお茶じゃなくて、自分のお茶をいれる。 リサ
今日。
リサは、台所で、お茶をいれた。
いつもは、神さまの分をいれていた。
今日は、自分の分だけ。
こたつの神さまは、にこにこして、何も言わなかった。
リサは、自分のお茶を、ひと口飲んだ。
それから、つくえにむかった。
まっ白な、さいごの一ページ。
ふでの先が、白いところに、ふれて――
――頁は、そこで、とぎれていた。
手順書に、この行があった。
三十日の締め切りをつけること。終わりがあるから、始められる。
三十日。
また、三十日だ。
終わりがあるから、始められる。
私は、この部屋の仕事を、思った。
三十日で、おわる仕事。
おわりがなかったら、私は、いつまでも、灯りを読んでいるだけで、何も、はじめられないのかもしれない。
4 ほかの灯り
入院した店主のかわりに、食堂をあけつづけた、高校生のリツ。
一人で、ぜんぶ、やろうとした。失敗を、帳面にかくした。
さいごの日、なべを、べつの人の手に、わたした。
まかせるのが、こわかった。
湯気の向こうで、フウタが、口をひらく――とちゅうで、とぎれていた。
海の中にあらわれる「潮の道」の番人、シオ。
道の番をしているから、一度も、市場に買いものに行ったことがない。
やっと休みをもらって、市場に行った。
さいごの日、市場の人から、きれいなまき貝を、もらった。
使い方が、分からなかった。
シオが、耳に、貝を当てる――とちゅうで、とぎれていた。
5 もう、決めた
右の灯りを、読んだ。
――十一日目。
サヤが、一まいの紙を前に、なやんでいた。
《夏休み 子ども教室 申しこみ用紙》
えらべるのは、一つだけ。
「太鼓教室」と、「本の教室」と、「絵の教室」。
――太鼓だ。
おれは、すぐに思った。
太鼓がいい。
町のお祭りの、太鼓。おれは、子どものころから、あの音が大好きだった。
サヤにも、あの音を、知ってほしい。
おれは、申しこみ用紙に、ふう、と吹いた。
紙が、すうっと、すべって――
「太鼓教室」のところが、サヤの、目の前に来るように。
サヤは、その紙を、じっと見た。
それから――
紙を、くるっと、うらがえした。
「もう、決めたから」
サヤは、うらがえした紙を、手でおさえたまま、言った。
何にしたのかは、言わなかった。
おれは、天井のすみで、自分の風を、はずかしく思った。
6 くつも、ふくろに
左の灯りを、読んだ。
――十一日目。
おくさんが、実家に帰る荷物を、つめていた。
リュウジは、手伝った。
おむつ。着がえ。ほにゅうびん。
気がついたら、リュウジは、自分のくつまで、ふくろに入れていた。
おくさんが、そのくつを、じっと見た。
リュウジは、もごもご言った。
「……いや、やっぱり、ぼくも、いっしょに行ったほうが……」
一人で、家にのこるのが、こわかった。
娘と二人きりに、なるのが。
おくさんは、何も言わずに、リュウジのくつを、ふくろから出した。
げんかんに、そろえて、もどした。
それから、娘のパジャマを、たたんで、リュウジのひざの上に、ぽんと置いた。
「この子は、あなたと、るすばん」
リュウジのひざの上で、小さなパジャマが、あたたかかった。
――そうだった。
おくさんが、実家で休むあいだ、娘は、リュウジと二人で、るすばんをするのだ。
字幕の見えるお父さんと、字幕の出る赤ちゃんと。
二人きりで。
(つづく)