1 一円玉の、旅
一つめは――一円玉の灯りだった。
一円玉。
いちばん軽くて、いちばん小さいお金。
自分では、ころがることもできない。
だれかの手に、にぎられるのを、待つだけだ。
この一円玉は、おつりの中で、うわさを聞いた。
「十人の手をわたった一円玉は、一つだけ、ねがいがかなうんだって」
一円玉は、どきどきした。
十人。
十人の手をわたったら、ねがいが、かなう。
一日目。
さっそく、一人目の手に、えらばれた。
小さな子どもの手だった。
二日目。
子どもは、お菓子屋さんで、お金が一円足りなかった。
一円玉は、すぐに、つかわれた。
――え、もう? もっと、にぎっててよ。
お菓子屋のおじさんは、べつの子に、おまけのあめを、あげていた。
三日目。
一円玉は、募金箱に、落とされた。
まっくらな箱の中。
もう、だれにも、使われないのかもしれない。
こわかった。
箱が、ぱかっと、あけられる音がした。
四日目。
銀行の袋の中で、ほかの一円玉たちと、いっしょになった。
一円玉は、ほかの一円玉の、きずを見た。
ぼくは、ぴかぴかだ。あいつらとは、ちがう。
――よく見たら、自分にも、ふちに、小さな欠けがあった。
五日目。
おつりとして、おばあさんの手にわたった。
これで、何人目だろう。一円玉は、数えた。
おばあさんは、一円玉を、さいふの、いちばん底に、しまった。
六日目。七日目。
おばあさんは、遠くに住む孫に、小包を送った。
中に、手紙を入れた。
手紙を入れた封筒の、あつみの中に、一円玉が、まぎれこんだ。
孫が、封筒をふった。
ちゃりん、と、音がした。
八日目。
孫が、その一円玉を持って、買い物に行った。
――一日目の、お菓子屋さんだった。
ぐるっと、一周して、もどってきたのだ。
一円玉は、がっかりした。むだに、ぐるぐる回っただけだ。
でも、お菓子屋のおじさんが、一円玉を手に取って、言った。
「おや。この欠け。前に、ここに来たやつだな」
おぼえていたのだ。
九日目。
おじさんは、その一円玉を、おつりとして、小さな男の子の手に、にぎらせた。
一円玉は、数えた。
――九人目。
あと、一人。
男の子は、口をあけて、ぬけたばかりの歯を、おじさんに見せていた。
ゆうべ、一円玉の封筒が、もどってきた。
十人目じゃなくても、いい。 一円玉
今日。
男の子は、ぬけた歯を、ティッシュでつつんだ。
下の歯だ。下の歯は、土にうめると、まっすぐ上に、いい歯がはえてくるのだと、おばあちゃんに教わった。
男の子は、歯のつつみのとなりに、あの一円玉を、そっと、そえた。
「歯の、おこづかい」
庭に、小さなあなを、ほった。
歯と一円玉を、いっしょに、入れた。
十人目の手には、ならなかった。
ねがいは、かなわなかったのかもしれない。
でも、一円玉は、歯のとなりで、ぴかっと、光った気がした。
男の子の手が、上から、土を、かけて――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、手順書をひらいた。
少ししか読まれなかった話を、少ないと言わないこと。
私は、たなの、くらい灯りたちを見上げた。
今夜止まる灯りは、どれも、くらい。
あまり読まれなかった灯りだ。
でも、一円玉は、九人の手をわたった。
募金箱にも入った。手紙といっしょに旅をした。歯のおこづかいになった。
少なくなかった。
2 町を、持ち上げる
二つめは、セイノという人の灯りだった。
セイノの住む町では、何十年に一度、とんでもないお祭りがある。
町を、持ち上げるのだ。
町全体を。
町の人みんなで、下から長い棒をさしこんで、「せーの!」で、ぐいっと持ち上げる。
持ち上げた町を、少しだけ、高い場所へ、うつすのだ。
その「せーの」の音頭を取る役に、セイノがえらばれた。
――声が、とても小さい、セイノが。
一日目。
セイノは、にげる理由を、さがした。
となりで棒をかつぐおじいさんは、耳が遠かった。
ぼくの小さな声なんか、ぜったい、聞こえない。
二日目。
太鼓に合わせて、大きな声を出す練習をした。
大声の人のまねをした。
声が、かすれた。
後ろの列が、おくれた。
三日目。
セイノは、声じゃなくて、合図を、となりのオキに、手でわたしてみた。
肩を、とん、とん、と、二回たたく。
オキが、次の人の肩を、とん、とん。
その次の人も、とん、とん。
――合図が、列のいちばんはじまで、とどいた。
四日目から九日目。
セイノは、昔、町を持ち上げるのに失敗した人、カズラさんに、話を聞いた。
「号令が、そろいすぎていたんだ。みんなの息が、ちがうのに」
足をいためている人を、休ませた。
短い棒に、合う列を、組みなおした。
試しに、ちょっとだけ持ち上げたら、町の、かたがわだけが、ういた。
そして、本番の日。
大雨が、ふった。
太鼓の音が、雨に、かき消された。
セイノは、声をはりあげた。
「せーの!」
だれにも、聞こえなかった。
雨の中で、オキの手だけが、見えた。
ゆうべ、セイノの封筒が、もどってきた。
声じゃなくて、手で。 セイノ
今日。
雨は、まだ、ふっていた。
太鼓は、聞こえない。
大きな声も、とどかない。
セイノは、声を出さなかった。
となりのオキの肩に、そっと、手を置いた。
とん、とん。
オキが、次の人の肩に。
とん、とん。
その次の人も。そのまた次の人も。
雨の中、手から手へ、小さな合図が、町のはしまで、つたわっていった。
耳の遠いおじいさんの肩にも。
足をいためて休んでいる人の肩にも。
とん、とん。
みんなの肩に、同じ合図が、とどいた。
みんなが、同じ息を、すった。
担ぎ棒が、肩から、ぐうっと、上がって――
――そのときだった。
かべにはってあった覚え絵が、一まい、はらりと、はがれて、ゆかに落ちた。
私は、セイノの灯りを包もうとしていた手を、止めた。
しゃがんで、絵を、ひろった。
二日目の夜にかいた、赤いはちまきの絵だった。
絵を持って、立ち上がったとき。
セイノの灯りの頁の、いちばんすみに、小さな字が、見えた。
さっきは、気がつかなかった字だ。
――とん、とん。
――ありがとう、の、合図。
担ぎ棒を持ち上げながら、セイノの肩を、うしろから、だれかが、たたいていた。
耳の遠い、となりのおじいさんだった。
とん、とん。
合図のお返しを、していた。
頁は、そこで、とぎれていた。
私は、絵を、かべにはりなおした。
それから、セイノの灯りを、そっと、包んだ。
絵をひろわなければ、あの小さな字は、見なかった。
止めるのが、ちょっとおくれた、そのあいだに。
手順書に、この一行があった。
大きな声で話さないこと。
3 ほかの灯り
ドッジボールで、にげるのだけがとくいな、シュン。
一回でいいから、ボールをキャッチして、みんなに、すごいと言われたかった。
さいごの日、シュンは、自分でとらずに、横へ半歩、動いた。
うしろにいた仲間が、とりやすいように。
仲間のうでが、ボールへ、のびる――とちゅうで、とぎれていた。
家の中に、国のさかいめが通ってしまった宿の主人、マタギ。
台所は、こっちの国。食堂は、あっちの国。
食卓まで、二つに分けられそうになった。
さいごの日、マタギは、くねくね曲がったさかいめの線の上で、なべを、受けわたした。
二つのスプーンが、同時に、なべに入る――とちゅうで、とぎれていた。
4 まだ止まらない灯り
勇者アルトの灯りを、のぞいた。
魔王をたおす旅をしながら、名前も知らない相手と、びんの手紙で文通をしている勇者だ。
好きな煮物が、大根とすじ肉で、同じだった相手。
アルトは、たき火の前で、手紙のたばを、にぎっていた。
封のはんこが、手配書の、魔王の城のはんこと、同じ形だった。
文通の相手は――魔王だった。
アルトは、手紙を、たき火に、くべようとした。
何回も。
くべられなかった。
そのとき、新しいびんが、川を流れてきた。
中の手紙には、こう書いてあった。
《一度、会って、話しませんか。戦うためじゃなく》
5 昔話の、おわり
右の灯りを、読んだ。
――十日目。
サヤは、国語の宿題をしていた。
《自分で、お話を書いてみよう》
サヤは、しばらくなやんでから、自分の机の引き出しをあけた。
古い紙のたばを、出した。
おれが、ねる前に話してやった昔話を、サヤが小さいころ、書きとめた紙だ。
へたくそな字で。ところどころ、絵もかいてある。
にげる王冠の話。
王さまの頭から、王冠が、にげだしてしまう。
町じゅう、王冠を追いかけて、大さわぎになる。
さいごは――王冠が、王さまの頭に、ぴたっと、もどって、めでたし、めでたし。
――おれの、話だ。
おれが子どものころに読んだ絵本を、おれが自分流に話しなおした。
さいごの「めでたし、めでたし」は、おれが決めた、おれのおわり方だ。
サヤは、その紙を、宿題のノートの横に置いた。
――そうだ。それを、書いてくれ。
おれの話を、宿題にしてくれ。
サヤは、消しゴムを持った。
紙の、さいごの「めでたし、めでたし」のところを、ごし、ごし、と、消しはじめた。
――おい。
――そこは、おれの……。
おれは、紙のはしに、ふう、と吹いた。
紙が、ぴらっと、めくれた。
サヤは、めくれた紙を、手で、そっとおさえた。
それから、また、消しはじめた。
「王冠、もどらなくていいのに」
サヤは、小さな声で言った。
「にげたんだから。どこか、行きたいとこ、あったんだよ」
おれは、何も言えなかった。
言えたとしても、言わなかったかもしれない。
サヤの消しゴムが、おれのおわり方を、少しずつ、消していった。
6 だいじょうぶです
左の灯りを、読んだ。
――十日目。
リュウジは、おくさんのお父さん――義理のお父さんと、電話で話していた。
おくさんが、しばらく、実家で休むことになったからだ。
「リュウジくん、だいじょうぶかね。一人で、赤ちゃんの世話」
「だいじょうぶです」
「きみのところのお父さんは、何か、手伝ってくれないのか」
リュウジは、一しゅん、だまった。
「……父は、いません。ぼくが小さいころに」
「そうか。それは、すまんことを聞いた」
「いえ。だいじょうぶです」
電話を切ってから、リュウジは、気がついた。
今の「だいじょうぶです」は、子どものころと、同じ言い方だった。
お父さんがいなくなって、まわりの大人に、何か聞かれるたびに、言っていた言葉。
だいじょうぶです。だいじょうぶです。
まどの外で、道の向かいの家の、のきの風鈴が、ちりん、と鳴った。
(つづく)