1 一時間のびる券
一つめは、トモキという男の子の灯りだった。
トモキは、ある日、ふしぎな券を手に入れた。
うすい、黄色い紙に、こう書いてある。
《延長券 家族が全員そろったときに切ると、その日が一時間のびます》
一時間。
一日が、二十五時間になる。
トモキは、すぐに思った。
――これで、ゲームが一時間、よけいにできる。
でも、その券は、家族が「全員そろったとき」にしか使えない。
トモキの家は、お父さんは仕事で帰りがおそいし、お母さんはいつもいそがしいし、妹のミサトは習いごとだらけだ。
全員そろう日なんて、めったにない。
一日目。
妹のミサトが、トモキがかくしておいた券を、見つけてしまった。
「なにこれ! みんなで使おうよ!」
二日目。
トモキは、しかたなく、家族を夕ごはんに集めようとした。
「今日は、全員、七時に集合!」
そう言ったトモキ自身が、友だちとの約束で、帰りがおそくなった。
お父さんは、急な仕事で、帰れなくなった。
三日目。
お母さんのたなを、そうじしていたら、同じ黄色い券が、何まいも出てきた。
去年のも、おととしのも。
――一まいも、使われていなかった。
四日目。
トモキは、お母さんに聞いた。
「なんで、使わなかったの?」
お母さんは、少しこまった顔をして、言った。
「そろわなかったのよ。お父さんも、いそがしかったし。……トモキも、ごはんがすむと、すぐ、自分のへやに行っちゃうでしょう」
トモキは、何も言えなかった。
そろわなかったのは、お父さんのせいだけじゃ、なかった。
五日目。六日目。
トモキは、カレンダーに、家族みんなの予定を書きこんだ。
ミサトの習いごとを、けずろうとした。
ミサトが、自分の予定の丸を、自分で消した。
「いいよ。お兄ちゃんが、そんなに言うなら」
――あとで知った。その日は、ミサトが、ずっと楽しみにしていた、友だちの誕生日会だった。
トモキは、はずかしくなった。
みんなで集まることを、命令にしていた。
七日目。
やっと、全員が、夕ごはんのテーブルにそろった。
トモキは、券を切った。
一日が、一時間、のびた。
トモキは、この日のために、話すことをたくさん用意していた。
でも――
だれも、話さなかった。
しーんとした時間が、つづいた。
八日目。
また、全員そろった。
今日も、しーんとしていた。
トモキは、だまって、みんなのお皿に、おかずを分けた。
せっかくの一時間を、むだにしている気がした。
そのとき、お父さんが、ぽつんと言った。
「今日な、会社で、コピー機に、ネクタイをはさまれた」
ミサトが、ぶっと、ふき出した。
ゆうべ、トモキの封筒が、もどってきた。
最後の一まいは、切らないで、とっておく。 トモキ
今日。
トモキは、さいごの一まいの券を、見た。
使えば、今夜も、一時間のびる。
でも、トモキは、その券を、使わなかった。
ていねいに、引き出しにしまった。
それから、ふつうに、夕ごはんを食べた。
ふつうに、お皿をかたづけた。
ふつうの、一時間のびない、夜。
お皿をふいているトモキのそでを、ミサトが引っぱった。
「ねえ、お兄ちゃん。次の夕ごはん、いつにする?」
トモキが、ふりかえって――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、手順書をひらいた。
延ばさないこと。三十日で終えること。
私は、その行を、じっと見た。
三十日。
この仕事は、三十日で、おわるのだ。
二十九日目の夜に、差出人の別紙がとどいて、
その次の日が、三十日目。
そこで、おしまい。
私は、たなを見上げた。
灯りは、まだ、たくさんある。
でも、三十日で、おわる。
のばすことは、できない。
2 私の書いた、約束
私は、冊子のさいごの頁をひらいた。
まっ白な頁。
私は、えんぴつを持った。
ふと、書きたくなったのだ。
約束を。
三十日がおわったら、また、みんなに会いに――
そこまで書いて、手が止まった。
会いに、どこへ?
止めた灯りは、ガラス玉になって、引き出しの中で、つめたくなっている。
三十日がおわったら、私は、どうなるのかも分からない。
「また会おう」と書いても、それは、ほんとうに、会えるということじゃない。
約束を書くことと、ほんとうに会えることは、ちがう。
私は、消しゴムで、ていねいに、その字を消した。
白い頁は、また、白くもどった。
かわりに、自分の帳面に、今日の予定だけを、書いた。
九日目。今夜は、トモキの灯りを止める。
それから、通行人のおじいさんの灯りを止める。
それから、あの二つの灯りを読む。
あしたのことは、書かなかった。
今日のことだけ。
3 三秒だけの、おじいさん
二つめは、ヤスオさんという、おじいさんの灯りだった。
ヤスオさんは、若いころ、映画に出たことがある。
主役じゃない。
「通行人」だ。
うしろのほうを、三秒だけ、歩いて通りすぎる役。
一日目。
ヤスオさんは、孫に、その映画を見せることにした。
「じいちゃんはな、この映画に出てるんだ。大事な役だったんだぞ」
ちょっと、もった。
孫は、目をきらきらさせた。
映画がはじまった。
――ヤスオさんの姿が、どこにも、見つからなかった。
二日目。三日目。
何度、見なおしても、いない。
ヤスオさんは、あせった。
孫を、がっかりさせたくない。
古い写真をさがした。
石の橋の上で、衣装を着た自分の写真が、一まいだけ、出てきた。
四日目。五日目。
ヤスオさんは、昔の映画の、助監督さんをたずねた。
もう、おじいさんになっていた。
助監督さんは、ヤスオさんの顔を見るなり、名前を呼んだ。
「ヤスオさん! 石橋のヤスオさんだろう!」
わすれられていなかった。
でも、助監督さんは、言った。
「あの石橋の場面はね、映画に使われなかったんだよ」
六日目。
ヤスオさんは、孫に、ほんとうのことを言った。
「……じいちゃん、映画に、出てなかった。ごめんな」
わらいながら言った。泣きそうなのを、かくして。
孫は、言った。
「じゃあ、その橋、見に行きたい」
七日目。八日目。
二人は、石の橋に行った。
ヤスオさんは、橋の上で、昔の「通行人」の歩き方を、やって見せた。
年をとった足が、ちょっと、もつれた。
孫が、ヤスオさんのとなりで、同じ歩き方を、まねした。
二人で、橋の上を、ゆっくり、通りすぎた。
ゆうべ、ヤスオさんの封筒が、もどってきた。
映画には、うつらなかった。でも、橋の上には、いた。 ヤスオ
今日。
ヤスオさんは、石の橋の上で、孫と写真をとることにした。
通りがかりの人に、カメラをたのんだ。
「もっと、まんなかに!」
カメラの人が言った。
ヤスオさんは、えんりょして、はしっこに立った。
何十年も、はしっこを歩く役だったから。
孫が、ヤスオさんのそでを、ぐいっと、まんなかへ引っぱって――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、手順書に、また丸をつけた。
写っていない人も、そこにいたと書くこと。
4 ほかの灯り
教習所にかようお母さんと、進路になやむ息子。
さいごの日、二人は、どちらも、つきそわずに、それぞれの場所へ出かけた。
結果の話じゃなくて、「つかれたね」という話をした。
二人で、道路の白線の向こうを、ながめる――とちゅうで、とぎれていた。
年金の日にだけ、食堂で会う、二人のおじいさんとおばあさん。
次の年金の日を、待てなかった。
さいごの日、二人は、次の予定を決めないで、ただ、すわっていた。
新しいお茶が、テーブルに置かれる――とちゅうで、とぎれていた。
かいこを育てる家の子。
糸をとるために、まゆをにる日が来る。
一ぴきだけでも、生かしたかった。でも、ぜんぶは、すくえなかった。
さいごの日、家のはりに、今日の日づけを、きざんだ。
小さな葉っぱを、箱の中に、さし入れる――とちゅうで、とぎれていた。
5 持ちもののプリント
右の灯りを、読んだ。
――九日目。
サヤは、今日から、学校に行った。
帰ってきて、ランドセルから、プリントを出した。
《あしたの持ちもの:理科で育てる、植物の種》
――おれは、すぐに思った。
ひまわりだ。
ひまわりがいい。大きくて、元気で、サヤにぴったりだ。
種の袋は、たしか、物置の二段目にある。
あそこに、去年、おれが買ったひまわりの種が――
教えてやりたかった。
全部、用意してやりたかった。
おれは、プリントに、ふう、と吹いた。
プリントが、ぴらっと、めくれた。
――それで、何が伝わるわけでもない。
サヤは、プリントを持って、台所の引き出しをあけた。
種の袋が、いくつか入っていた。
ひまわり。ミニトマト。朝顔。
サヤは、しばらく、なやんでいた。
それから、朝顔の袋を、手に取った。
「朝顔にする。……毎朝、さくから」
――おれの、えらばない種だった。
でも、サヤは、自分で決めた。
朝顔の袋を、ランドセルのポケットに、ていねいに、しまった。
おれは、天井のすみで、ひまわりのことを、だまって、しまった。
6 しょうこのない、ごめん
左の灯りを、読んだ。
――九日目。
リュウジは、夜、おくさんに、あやまろうとしていた。
きのうの、電話のことだ。
ほめられるのがうれしくて、電話を切らなかった。
おくさんと娘は、先にごはんを食べおわっていた。
「……あのさ」
言いかけたとき、娘の頭の上に、字がうかんだ。
《ママ、つかれてる》
リュウジは、それを使いそうになった。
――ほら、この子も、きみがつかれてるって言ってるよ。だから……
娘の字を、しょうこにして。
でも、やめた。
「きのう、電話、切らなくて、ごめん。ほめられるのが、うれしくて、きみたちのこと、わすれてた」
自分の言葉だった。
娘の字を、使わなかった。
おくさんは、しばらく、リュウジの顔を見ていた。
それから、言った。
「……ありがとう。あのね、わたし、少し、実家で休みたい」
リュウジは、息をのんだ。
(つづく)