1 当たらない売り場
一つめは、宝くじ売り場の、テルミの灯りだった。
テルミの売り場からは、一度も、大当たりが出たことがない。
一度も。
だから、お客さんが、ほとんど来ない。
となりの町には、「よく当たる売り場」がある。
ダイキチという人の売り場だ。
大当たりが、何回も出た。
お客さんは、みんな、そっちへ行ってしまう。
テルミは、ダイキチの売り場の、長い行列を見るたびに、くやしかった。
一日目。
そのダイキチが、テルミの売り場に来て、言った。
「おれ、店をたたむことにした」
二日目。
テルミの売り場には、たった一人だけ、毎日来る常連さんがいる。
マツという、おじいさんだ。
テルミは、マツさんに言った。
「となりの町の、よく当たる売り場に行ったほうがいいですよ。あそこ、もうすぐ、しまっちゃうけど」
マツさんは、くじを買わなかった。
かわりに、売り場の前の、古いいすに、よっこらしょ、とすわった。
そして、何も言わずに、通りを見ていた。
三日目。
ダイキチが、売り場の古いかんばんを、持ってきた。
「よく当たる」と書いてある、かんばんだ。
「これ、ゆずるよ。使ってくれ」
テルミは、うれしかった。運まで、いっしょに、もらえる気がした。
かんばんを、うらがえした。
うらに、落書きが、いっぱい、あった。
四日目。
落書きを、よく読んでみた。
《むすめの、けっこんしきの、おいわいを、あげたい》
《じいちゃんの、いればを、なおしてあげたい》
《一回でいいから、家族で、温泉》
――お客さんたちの、ねがいごとだった。
くじを買いながら、書いていったのだ。
大当たりの金額じゃない。
みんな、小さな、小さな、ねがいだった。
その日、マツさんが、ぽつんと、言った。
「わしは、くじを買いに来てるんじゃない。……ここにすわって、あんたと、天気の話をしに来てるんだ」
五日目。
テルミは、売り場のまどに、手書きの紙をはった。
《当たるといいね》
売り上げは、やっぱり、ふえなかった。
でも、その日、ダイキチが、売り場の行列に――お客さんとして、ならんでいた。
ゆうべ、テルミの封筒が、もどってきた。
さびしいけど、店は、あける。 テルミ
今日。
テルミは、売り場の前に、いすを、二つ、出した。
一つは、マツさんの。
もう一つは、だれでもいい、だれかの。
二つのいすを、まどのほうへ、むけた。
通りが、よく見えるように。
「……さびしいね、マツさん。ぜんぜん、当たらないね」
テルミは、はじめて、口に出して言った。
そのとき、売り場の戸が、からからと、あいた。
マツさんだった。
その後ろに、もう一人。
マツさんが、だれかを、連れてきていた。
「テルミさん、紹介したい人が――」
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、手順書をひらいた。
読まれない日が続いても、店を開けておくこと。
私は、その行に丸をつけながら、たなの灯りを見上げた。
くらい灯り。読まれることの少ない灯り。
テルミの売り場と、同じだ。
だれも来なくても、だれにも読まれなくても、ぽわんと、光っている。
私は、両手で包んだ。
さいごに見えたのは、はずれくじの束を、わゴムでとめたものだった。
2 一万円の部屋
二つめは、モエの灯りだった。
これは、読みながら、ずっと、はらはらした。
モエは、はじめて、一人ぐらしをはじめた。
持っているお金は、一万円だけ。
一万円で、部屋をぜんぶ、ととのえることにした。
お母さんには、電話で言った。
「なんでも、そろってるよ。心配しないで」
うそだった。
一日目。
いちばん安いたなを、組み立てた。
ぐらっ。
たなが、ななめに、かたむいた。
二日目。
モエは、かたむいたたなを、背中でささえながら、お客さん用のざぶとんを、しいた。
となりの部屋のおばさんが、「手伝おうか?」と、顔を出した。
「だいじょうぶです!」
モエは、ことわった。
そのとき、台所から、こげくさいにおいがした。
ごはんを、こがしたのだ。
三日目。
おなべが、なかった。
しかたなく、となりのおばさんに、おなべを借りた。
「このおなべ、いいですね。うちのコンロが悪いから、こげたんです」
モエは、言いわけをした。
その夜、お母さんから、電話が来た。
「あした、見に行くね」
四日目。
モエは、あわてた。
何もない部屋を、お母さんに、見られたくない。
となりのおばさんから、お皿を借りた。
一階の人から、テーブルを借りた。
むかいの人から、カーテンを借りた。
――ぜんぶ、返す時間が、同じだった。
五日目。
モエは、とうとう、お母さんに電話した。
「……ごめん。なんにも、そろってない。ごはんも、こがした。たなも、かたむいてる」
帰ってこい、と言われると思った。
お母さんは、言った。
「で、何が、足りないの?」
ゆうべ、モエの封筒が、もどってきた。
ごちそうは、ない。でも、いすは、ある。 モエ
今日。
モエの部屋には、テーブルも、カーテンも、なかった。
ぜんぶ、返したから。
あるのは、かたむいたたなと、小さなすいはんきと、いすが一つだけ。
お母さんが、来た。
となりのおばさんも、「おなべ、返してもらいに来たわよ」と言って、来た。
モエは、たった一つのいすを、部屋のまんなかに、出した。
「……どうぞ。いすは、一つしかないけど」
お母さんと、おばさんは、顔を見あわせて、わらった。
それから、二人で、半分ずつ、そのいすにすわった。
ぎゅうぎゅうに。
モエは、小さなすいはんきの、ふたに、手をかけた。
今日は、こげていないはずだ。たぶん。
ふたを、あけて――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、ふうっと、息をはいた。
こげていないといい。
ほんとうに、こげていないといい。
私は、両手で包んだ。
光の中に見えたのは、かべに立てかけた、おりたたみのいすだった。
手順書に、あの行があった。
足りない家でも、椅子を一つ出しておくこと。
私は、机の向こうの、椅子を見た。
おとといの夜、机のほうへむけた、だれもすわっていない椅子。
3 ほかの灯り
お酒屋さんの娘、カスミ。
死んだお父さんのおはかに、お酒をそなえたくて、たるを船で運んでいた。
でも、とちゅうで、たるをはなして、おぼれかけた人を助けた。
手のひらに、たるのせんだけが、のこった。
さいごの日、カスミは、船の上で、のこったお酒を、みんなに分けた。
「お父さんに、とどけるつもりだったの」と、話しながら。
船が、岸へ、近づく――とちゅうで、とぎれていた。
動く町に住む、ユラ。
町は、夜になると、ゆっくり動く。仲よしの友だちの町と、どんどん、はなれていく。
さいごの日、ユラは、カレンダーの日にちじゃなくて、「あの丘が見えたら、そこで待ってる」と決めた。
遠い丘の上に、だれかのかげが、立つ――とちゅうで、とぎれていた。
かんばんの字を書く職人の、フデ子。
選挙に出る人たちの名前を、ぜんぶ、書いた。
好きな人の名前も、きらいな人の名前も、同じていねいさで。
さいごの一まいの、さいごの点に、ふでが、おりる――とちゅうで、とぎれていた。
大きな亀の背中にある村に住む、イサナ。
旅立つ友だちのカイリの、植木ばちを、落とさないように運んだ。
さいごの日、「もどってきたときの目印」を、岩に結んだ。
わらって見送れなかった。
カイリの足が、亀の背中から、地面に、とどく――とちゅうで、とぎれていた。
私は、ひとつずつ、両手で包んだ。
玉と封筒が、引き出しに、ならんでいった。
4 まぎれこんだ一行
仕事の、さいごに、私は、封筒を書いた。
あしたの夜止まる灯りへ、今夜のうちに出す封筒だ。
一通、一通、書いて、おって、灯りに近づける。
すうっと、光の中にすいこまれていく。
さいごの一通が、すいこまれた。
それから、私は、自分の帳面をひらいた。
今夜止めた人たちのことを、書いておこうと思って。
――帳面の、ページが、一まい、なかった。
きのうの夜、引き出しのおくの一行を、書きうつしたページだ。
そこに、誰か、いますか
そのページが、ない。
帳面のとじめから、きれいに、はずれている。
私は、机の上をさがした。
いすの下も。引き出しの中も。
どこにもない。
――まさか。
私は、さっき封筒を出した灯りを、見上げた。
封筒を、おっているとき。
帳面を、机の上に、ひらいたままにしていた。
ページが、一まい、はずれて、封筒の中に、まぎれこんだとしたら。
あしたの夜止まる、どこかの世界に、
知らせの封筒といっしょに、
「そこに、誰か、いますか」という一行が、とどいてしまった。
私は、あわてて、灯りに手をのばした。
封筒を、取りもどさなきゃ。
まちがいです、わすれてください、と――
手が、止まった。
さっき、カスミの灯りを止めたとき、手順書で読んだ行を、思い出したのだ。
失敗した日も、失敗したと残すこと。
カスミは、お父さんにとどけるはずだったお酒を、なくした。
それを、なかったことにしなかった。
「とどけるつもりだったの」と、みんなに話した。
私は、のばした手を、ゆっくり、もどした。
それから、帳面の、あたらしいページに、書いた。
六日目。失敗した。
引き出しの一行をうつしたページを、知らせの封筒に、まぜてしまった。
どの世界にとどいたのか、分からない。
書いてから、私は、しばらく、灯りを見ていた。
あの一行を読んだ、どこかの世界の、だれか。
なんて思っただろう。
「そこに、誰か、いますか」
答えてくれるだろうか。
――返事の封筒は、朝まで待っても、来なかった。
世界からは、返事は来ない。
あの一行は、ただ、とどいただけだった。
5 開かなかった手紙
右の灯りに、手をかざした。
――六日目。
おれは、サヤの机の上を見ていた。
ピンクのふうとうが、一まい、立てかけてある。
あて名は、「パパへ」。
四月のおわりに、サヤが書いたものだ。
――おれの、誕生日に、わたすつもりだったものだ。
あけられないまま、ここにある。
妻は、それを、見ないようにしていた。
サヤも、見ないようにしていた。
おれは、ふうとうの、ふたのはしに、ふう、と吹いた。
うすい紙のはしが、ぴらっと、おき上がった。
妻が、それに気がついた。
しばらく、ふうとうを見ていた。
それから、そっと、手に取った。
中から、カードを出した。
読んで、少しわらって、少し泣いた。
夜。
妻は、サヤのへやに行って、言った。
「あのカード、読んじゃった。ごめんね」
サヤは、ふとんの中で、だまっていた。
「『たんじょうび、おめでとう。こんどのプリン、いっしょに食べよう』って、書いてあった」
――おれは、天井のすみで、動けなくなった。
サヤは、あのプリンを、おれと、いっしょに食べるつもりだったのだ。
だから、「それは、パパの分」と言って、冷蔵庫をしめたのだ。
一人で食べたら、約束をやぶる気がして。
「……明日まで、なんだよね」
ふとんの中から、サヤの声がした。
「プリン。明日まで」
――頁は、そこで、今日の分がおわっていた。
6 向かいの二階
さいごに、左の灯りを読んだ。
――六日目。
リュウジは、げんかんで、娘に、毛糸の帽子をかぶせようとしていた。
小さな、手あみの帽子だ。
娘は、首をぶんぶんふって、いやがった。
《やだ》《やだ》《ちくちく》
リュウジは、道の向かいの家を見た。
リュウジのお母さんの家だ。
二階建ての、古い家。
「……母さんのとこ、今度でいいか。元気そうだし」
リュウジは、つぶやいた。
帽子は、けっきょく、かぶらなかった。
その夜。
リュウジは、台所のまどから、なんとなく、向かいの家を見た。
一階には、灯りがついていた。
お母さんが、テレビを見ているのが、カーテンごしに見えた。
二階の灯りは、消えていた。
お母さんは、一人ぐらしだ。二階には、だれもいないはずだ。
――その、くらい二階のまどを、だれかのかげが、すっと、横切った。
リュウジは、目をこすった。
もう一度、見た。
一階では、お母さんが、テレビを見て、わらっている。
じゃあ、今、二階を歩いたのは――だれだ?
(つづく)