1 まちがいの花
一つめは、花屋さんの、ハナの灯りだった。
ハナは、町の小さな花屋さんだ。
毎日、だれかのために、花束を作る。
誕生日の花。おいわいの花。おみまいの花。
ハナの作る花束は、いつも、とてもきれいだった。
一日目。
毎年、同じ日に、同じ花を買っていく、タニというおじいさんがいる。
その日も、タニさんは、黄色い花束をたのんだ。
「とどけ先は?」
ハナが聞くと、タニさんは、にこにこして、メモをわたした。
メモに書いてあった、とどけ先は――
この花屋。
しかも、「ハナ様」と、ハナの本名が書いてあった。
「まちがいですよ」
ハナは、花束を、タニさんにつきかえした。
自分あての花なんて、もらったことがない。
花は、人にとどけるものだ。自分がもらうものじゃない。
二日目。
ハナは、ほかにも、自分あてに花が来ていたことに気がついた。
前の年も、その前の年も。
まちがいだと思って、ぜんぶ、送った人に返していた。
その人たちを、たずねてみた。
みんな、同じことを言った。
「あの夜、あなたの店に、いたんですよ」
三日目。
ハナは、古い帳面をさがした。
何年も前の、大雨の夜。
町の川があふれそうになって、みんな、にげた。
ハナの店は、坂の上にあった。
ハナは、店の戸をあけて、にげてきた人たちを、中に入れた。
いすを、ぜんぶ、出した。
あたたかいお茶を、配った。
――それだけだった。ハナにとっては、「それだけ」のことだった。
四日目。
タニさんが、言った。
「あの夜、いすを借りた。あのいすが、なかったら、わしは、ぬれた道ばたで、ひと晩すごしていた」
ハナは、あわてて、これまでの花代を返そうとした。
タニさんは、首をふった。
「お金じゃない。ありがとうを、受け取ってほしいんだ。……それと、たまには、店を休みなさい」
ゆうべ、ハナの封筒がもどってきた。
今日は、店を休む。 ハナ
今日。
ハナは、店の戸に、「本日、休み」の札をかけた。
お店を休むのは、何年ぶりだろう。
何をしていいか、分からなかった。
そわそわした。何かしていないと、こわかった。
ハナは、たなのおくから、ほこりをかぶった花びんを出した。
自分のための、花びん。
ずっと、使っていなかった。
ハナは、その花びんを、ていねいにあらった。
水を入れた。
それから、タニさんの黄色い花を――今年は、つきかえさなかった花を――そっと、いけた。
店の戸口のほうから、足音が聞こえてきた。
いくつも、いくつも。
ハナの家族だった。
「休み」の札を見て、みんなで、来てくれたのだ。
戸口に、手が、かかって――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、両手で、灯りを包んだ。
さいごに見えたのは、花をさした、牛乳びんだった。
――花びんじゃなくて、牛乳びん?
どこかの家の、台所のまどべ。牛乳びんに、野の花が一本。
ハナの店のものじゃない。
でも、たしかに、光の中に見えた。
私は、それを、覚え絵にかいた。
それから、手順書をひらいた。
もう、くせになっていた。
届いたありがとうは、受け取ったと書くこと。
私は、その行に、丸をつけた。
2 かくれるシーラカンス
二つめは――魚だった。
シーラカンス、という魚を知っているだろうか。
何億年も前から、ほとんど姿を変えずに生きている、とても古い魚だ。
海の、ずっとずっと深いところに住んでいる。
この灯りの主人公は、そのシーラカンスの、一ぴきだった。
シーラカンスの一家には、大昔からの家訓があった。
《同じ岩のかげに、かくれていること。外に出ないこと。見つからないこと》
だから、何億年も、見つからずに生きてこられた。
主人公は、この家訓を、ほこりに思っていた。
外の魚なんて、ちゃらちゃらしていて、落ちつきがない。
ところが、一日目。
友だちのゴマの写真が、出回った。
人間の、深い海を調べる船が、ゴマをうつしたのだ。
「シーラカンス、発見!」と、大さわぎ。
二日目。
その光――人間の写真機の光が、ほかのシーラカンスをさがしに来た。
主人公は、あわててにげた。
それから、ゴマに、こっそり聞いた。
「なんで、見つかったんだ」
ゴマは、しっぽをふって言った。
「わざとだよ。一回、外が見てみたかったんだ」
三日目。四日目。
かくれ家の岩のまわりの、水が、少しずつ変わってきた。
このままだと、みんなが住めなくなる。
新しい場所に、うつらなくちゃいけない。
でも、新しい通り道を知っているのは、ちゃらちゃらした、小さな外の魚たちだった。
長老が、言った。
「さいしょに、外へ出る一ぴきが、ひつようだ」
ゆうべ、主人公の封筒がもどってきた。
――魚も、封筒に書けるのだ。思うだけで、字になるから。
みんなを、先に行かせる。 しーらかんす
今日。
深い海の、まっくらな中に、また、あの光が来た。
人間の、写真機の光だ。
主人公は、岩のかげから、すうっと出た。
光のほうへ。
わざと。
「こっちだ!」
光が、主人公のほうへ、むいた。
そのすきに、仲間たちが、岩のかげから、つぎつぎに、新しい通り道へ、にげていった。
主人公は、光の中にいた。
まぶしい。こわい。
何億年も、だれにも見られなかった一家の、自分が、今、見られている。
でも――
主人公は、にげなかった。
光のほうへ、ゆっくり、体を、ふりむけて――
――頁は、そこで、とぎれていた。
私は、灯りを見つめた。
写真に、うつったのだろうか。
うつった顔は、こわそうだったのだろうか。
それとも、ちょっと、とくいそうだったのだろうか。
私は、両手で包んだ。
3 ほかの灯り
おこづかいを上げてほしくて、家のお金の使い道を調べた、ダイゴ。
お父さんが、昔、とちゅうでやめてしまった、船のもけいのことを知った。
さいごの日、家のお金の表に、「お父さんのたのしみ」という欄を作った。
自分のおこづかいは、ふえなかった。
小さな妹が、その欄に、自分の十円玉を、置く――とちゅうで、とぎれていた。
病院に来た、カヨさん。
お医者さんは、小学校の同級生だった。昔、カヨさんがいたずらをしかけた相手だ。
むねの写真に、かげがあった。
さいごの日、カヨさんは、電話で、家族に言った。
「いま、病院にいるの」
声が、ふるえた。
電話の向こうの人が、「何時に、むかえに行けばいい?」と答える――とちゅうで、とぎれていた。
町で追いはらわれるカラスたちと、なかよくしたかった、ツグミ。
さいごの日、遠くの、カラスが安心して水をのめる場所を、町の人に教えた。
「見はっててもらえますか」とたのんだ。
電線から、一羽のカラスが、とびたつ――とちゅうで、とぎれていた。
新しい家をたてる土地で、古い土の人形をひろった、ケンゴ。
人形の顔が、欠けていた。
さいごの日、土の上に、見つけたかけらを、ならべなおした。
さいごのかけらを、顔に、合わせる――とちゅうで、とぎれていた。
4 いちばん下の引き出し
私は、止めた灯りのガラス玉を、しまおうとした。
いつもの、机のいちばん上の引き出し。
――いっぱいだった。
玉と封筒で、もう、入らなかった。
私は、二番目の引き出しをあけた。
三番目も、あけた。
玉を、ていねいに、ならべていった。
それから、いちばん下の引き出しを、あけた。
これまで、一度も、あけたことがなかった引き出しだ。
中は、からっぽだった。
――と、思った。
引き出しの、いちばんおくに、小さな紙が一まい、はりついていた。
私は、指で、そっと、はがした。
古い紙だった。
四つにおって、あった。
ひらくと、字が、一行だけ、書いてあった。
そこに、誰か、いますか
私は、その一行を、じっと見た。
少しかくかくした字だった。
えんぴつで、ゆっくり、書いてある。
だれが、書いたのだろう。
私がこの部屋に来る前から、ここにあったのだろうか。
「そこ」って、どこだろう。
「誰か」って、だれだろう。
もしかして――私に、聞いているのだろうか。
「……います」
私は、小さな声で、言ってみた。
言ってから、はずかしくなった。
これが、私への問いだと、どうして分かる?
ちがうだれかに、聞いているのかもしれない。
書いた人は、ぜんぜんちがう「そこ」の、ぜんぜんちがう「誰か」に、聞いたのかもしれない。
私が、かってに「います」と答えていいのだろうか。
私は、自分の帳面に、その一行を、書きうつした。
一字一字、ていねいに。
それから、紙を、四つにおりなおして、引き出しのおくに、そっと、もどした。
答えは、書かなかった。
5 まだ止まらない灯り
生前葬のシュウゾウおじいさんの灯りも、のぞいた。
一日目に「わしを、ほめに来い」と招待状を書いた、あのおじいさんだ。
おじいさんは、息子のケンイチに、紙を一まい、わたしていた。
《ほめ言葉の見本》
《父は、りっぱな人でした》《父は、いつも正しかった》《父のおかげで、今の私があります》
「当日は、これを読むように。みんなにも、配っておけ」
ケンイチは、紙を、だまって受け取った。
それから、赤えんぴつで、ぜんぶに、ばってんをつけた。
今日は、お葬式の出しものを、決めていた。
おじいさんは、紙芝居をやると言いだした。
自分が主人公の紙芝居。
川でおぼれた子を、自分が、かっこよく助ける話。
家族が、声をそろえて、言った。
「それ、ちがうでしょ」
私は、そのとき、まだ、知らなかった。
おじいさんが、川で、ほんとうは何をしたのかを。
6 冷蔵庫のプリン
仕事がおわって、私は、右の灯りに、手をかざした。
風のお父さんの家だ。
――四日目の夜。
おれは、ねむっているサヤの、かみのリボンに、ふう、と吹いた。
ほどけかけたリボンが、ひらっと、ゆれた。
今日の風は、これでおしまいだ。
おれは、天井のすみで、時計を見ていた。
カチ、カチ、カチ。
長い針と、短い針が、てっぺんで、かさなった。
十二時。
――そのとき、おれの中に、何かが、もどってきた。
風だ。
次の風が、もどってきた。
日づけが、かわったからだ。
そうか。
一日に一回、というのは、朝から夜まで、じゃない。
日づけから、日づけまで、なんだ。
夜中の十二時をこえたら、次の日の風が、もどってくる。
おれは、それを、すぐには使わなかった。
使ったら、次の日の分が、なくなる。
あしたの昼に、とっておこう。
五日目の、朝。
妻が、冷蔵庫をあけて、ふたの日づけを見た。
「このプリン、あさってまでだって」
冷蔵庫の中には、プリンが一つ、のこっていた。
おれが、買ってきたプリンだ。
三つ買って、二つは、もう、妻とサヤが食べた。
のこっているのは、おれの分。
――食べてほしい。
あさってまでなんだから。
サヤが、ひと口食べて、「おいしい」とわらうところが、見たい。
昼すぎ。
サヤが、学校から帰ってきた。
おれは、冷蔵庫のとびらにはってある、うすいメモに、ふう、と吹いた。
ぴらっ、と、メモがはねた。
サヤが、それを見て、冷蔵庫のほうへ、歩いてきた。
とびらを、あけた。
サヤは、プリンを、見た。
しばらく、見ていた。
それから、とびらを、しめた。
「……それは、パパの分」
サヤは、小さな声で言って、自分の部屋へ、行ってしまった。
――頁は、そこで、今日の分がおわっていた。
7 もう一つの、プリン
私は、左の灯りにも、手をかざした。
赤ちゃんの字幕の家だ。
――こっちの家にも、プリンがあった。
リュウジは、今日、朝から、せんたくも、そうじも、ぜんぶ、やった。
ごはんも作った。かたづけも、した。
そして、ソファで、待っていた。
おくさんが、「ありがとう、たすかった」と、ほめてくれるのを。
おくさんは、ほめてくれなかった。
赤ちゃんの世話で、いそがしかったから。
リュウジは、ちょっと、すねた。
冷蔵庫から、プリンを出した。
二つ。自分の分と、おくさんの分。
自分のを、食べた。
あっというまに、食べおわった。
まだ、すねていた。
気がついたら、リュウジは、おくさんのプリンのふたを、ぺりぺりと、あけていた。
スプーンを、入れた。
ひと口。
ふた口――
「ちょっと」
おくさんが、うしろに立っていた。
それから、ぷっと、ふき出した。
「なんで、わたしのを食べてるの」
「いや、これは、その……」
おくさんは、わらいながら、リュウジの手から、スプーンを取りかえした。
そのまま、のこりのプリンを、ぜんぶ、ぱくぱく、食べた。
「……ありがとう、たすかった。でも、これはわたしの」
リュウジの分は、もう、どこにもなかった。
赤ちゃんの頭の上に、字が、ぽわんと、うかんだ。
《ぱぱ、ばか》
――私は、わらった。
わらってから、右の灯りを見た。
右の家では、プリンが、一つ、冷蔵庫の中で、だれにも食べられずに、待っている。
左の家では、プリンを、とりあって、わらっている。
どっちも、プリンの話だ。
なのに、どうして、こんなに、ちがうんだろう。
私は、帳面にうつした一行を、もう一度、見た。
そこに、誰か、いますか
右の家の、冷蔵庫の前で、サヤが、そう聞いたような気がした。
(つづく)